私の心が動いたとき。スカラ座閉館の危機がつづられた墨書きの張り紙

新型コロナウイルス(以下「新型コロナ」)の流行による自粛生活も1年が過ぎ、疲れがたまりがちなこの春。毎日の生活に少し息苦しさを感じたとき、足を運びたくなる建物があります。それは商店街の路地裏に116年間たたずむ、明治38年設立の映画館・川越スカラ座。小さな入り口をくぐれば、令和から昭和へ、さらには懐かしさを超えた空間にタイムトリップできます。(彩ニュース編集部)

・墨で書かれた張り紙
・作品の多様性が保てる場でありたい
・オリジナルグッズの宣伝を強化
・映画と1対1になれる
・スペイン風邪だって乗り越えてきた
・臨機応変にそして柔軟に
・変化に対応できる人になってほしい
・順番に立ち直って助け合えばいい

Profile : 飯島千鶴 (いいじま ちず) 
職業:NPO法人プレイグラウンド 副代表理事。川越スカラ座番組編成・イベント・SNS担当。
1973年生まれ。

1 今の仕事のこと

墨で書かれた張り紙

――川越スカラ座でお仕事をはじめたきっかけを教えてください。

飯島 私はもともとここに客として通っていました。初めての川越スカラ座は、家族で見た『南極物語』で当時10歳くらい。その日は劇場が満席で、新聞紙を通路に敷いて床に座った覚えがあります。いまは消防法で不可能ですけど、あのころはそういう時代でした。

父が映画好きで、毎週日曜日は洗車ついでに洗車場の隣にあるレンタルビデオ店に寄るのが習慣だったんです。そこでそれぞれ好きなものを借りて、家族で映画を見ることが楽しみでした。

私が大人になってからの川越スカラ座は、メジャー映画に加えてミニシアター(単館映画)系の上映も多くなり、自分の意志で通うようになりました。そんなある日、劇場で見つけたのが墨で書かれた張り紙です。

それは前支配人が書き記したもので、内容は「高齢により川越スカラ座を閉める話がある。けれども、若い人たちが後を継いでくれる」というものでした。それをみて存続させたい気持ちが募り、復館のための寄付をし、賛助会員になりました。

そして客として通いながら、ボランティア募集に応募、手伝いを経てアルバイトとして働きます。のちに番組編成の担当者が出産で離れることになり、その方から声がかかったことで正規スタッフとして入りました。

作品の多様性が保てる場でありたい

――番組編成のお仕事をされていますが、ご苦労なさったことや、こだわりたいことを教えてください。

飯島 旧支配人から経営を引き継いだのは、映画の仕事は未経験のNPO法人プレイグウランドでした。そのため配給会社とのやり取りもゼロから始め、扱う映画もミニシアター系が中心となりました。

しばらくして私が正規スタッフとして担当しましたが、映画界の専門用語もわからなかったので、配給会社や他の劇場との取引から学んでいきました。

番組編成に関しては、邦画洋画問わずオールジャンルに取り交ぜることをポリシーにしています。コロナ前は試写会やサンプルDVD、都内のミニシアターなど、公私合わせて年間300本近くを見ていました。

お客さんのリクエストも参考にしつつ、そこから選択していきます。また、うちでやらなかったらお客さんがいろんな映画を見られないなと思うところがあって、鑑賞作品の多様性が保てる場であるようにしています。


『真実<特別編集版>』 是枝裕和監督舞台あいさつ後サイン会の様子を撮影する飯島さん(2020年)

――2月のラインナップは朝、昼、夜と個性的でした。

飯島 朝は『ヨコハマメリー』(日本)。2007年の復館時から14年ぶりの再上映です。これは配給会社がリバイバルを決めたもので、ひとりの女性の足跡を追っています。昼は『天空の結婚式』(イタリア)。コメディでありながら同性婚の話。
夜は『ジョーン・ジェット/バッド・レピュテーション』(アメリカ)。70年代からギタリストとして活躍し、ロックの殿堂入りをした女性のドキュメンタリーです。

「女はロックをやるもんじゃない」とされた時代。「女のクセに」といわれ、周囲とぶつかりながらも、自分の好きな道を苦労して貫いた人です。折しも、東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会会長が辞任を発表した翌日からの上映でした。

オリジナルグッズの宣伝を強化

――新型コロナによるニューノーマル(新しい生活様式)で変化したことを教えてください。

飯島 私は緊急事態宣言(以下「宣言」)による休業期間前が一番厳しかったですね。発令の有無がギリギリまで決まらないころです。女性スタッフと2人で、先行きが見えない不安に襲われてしまいました。でも、宣言が出されてからは2カ月間の休業を受け入れ、腹を据えました。

次に、ちょっと遅れて男性スタッフが劇場の危機に苦悩しました。休業期間中は、都内の劇場にも行けず、外に出て人と関われないことで、外交的な性格の支配人が意気消沈してしまいました。人間って誰しも頭を抱えてワーッと落ち込むことがありますから。

休業すれば興行収入が途絶えてしまいます。そのため、私は川越スカラ座オリジナルグッズの宣伝をインターネットでひたすらに続けました。それに反応があり、応援したいといってくださる方がいたことが幸いです。こういうとき、いつも皆さんが手助けをしてくれて、今回もそれを実感しました。温かい声に励まされましたし、実際に経済的な応援になりました。

映画と1対1になれる

――客足は戻りつつありますか?

飯島 今は座席を3分の1にして42席で上映中、隣の人と2席空いているので集中して映画を見ることができます。うちのスタッフは映画と1対1になれるといっていました。

これまではイベントを多く開催していたので、痛手でもあるし、寂しくもあります。けれど、リアルな舞台あいさつに加えて、リモートの舞台あいさつもできるようになったので選択肢が広がりました。新しい挑戦は面白いなと思います。

1年ぶりに来てくださった常連さんが「新型コロナが心配で来られなかったけど、これだけ空いているんだったら安心だね」といってくださいました。ガラガラなので密じゃないです。経営的にはガラガラではない方がいいんですけど、お客さんが安心してくれるんだったら、それはそれでいいなと思います。経営は厳しいので、経理と補助金申請担当のスタッフは今まさに頭を抱えていますが。

劇場ではいい意味での逃避ができます。いったん、現実から離れることで、考え方や見方が原点に返ったり。何も変わらなかったとしても、気持ちが違ってくるから精神的にもいいです。映画館で映画を見る良さって、そういうところですよね。お客さんのなかには「今、何を上映しているのかわからなくても、ここに来て見るよ」という方もいます。

インド映画『バーフバリ』。コスプレ、ダンス、紙吹雪歓迎の5時間耐久上映会イベント終了後の様子(2019)

スペイン風邪だって乗り越えてきた

飯島 川越スカラ座は1905年(明治38年)から同じところにあって、場が持つ何かがあると思います。いっちゃえば妖怪みたいなものじゃないですか(笑)。私も働かせていただいているという気持ちです。

100年前のスペイン風邪(1918年~1920年)の時だって、この場所で乗り越えてきたんだから、新型コロナもきっと大丈夫です。

2 あなたらしくあるために大切なこと

臨機応変に そして柔軟に

――新型コロナの影響で心が沈んでいる人も多いと思います。自分らしく生きるために何を重視したらよいでしょうか。

飯島 私は臨機応変という言葉が好きです。臨機応変に柔軟に進むためには、これしかないと決めないことです。駄目だったとしても次があると考えるほうが楽になれるのかなって思います。

流れのなかで、そのタイミングで新しい出会いや新しい事柄がでてくるので、そこに素直に乗ってみるとか。そうすることで、いろいろと求めないでいられると思いますし、ほどよい距離感がとれます。

私の両親は宮城県の南三陸出身です。東日本大震災では、祖父母の家も、私の幼なじみの家もなくなってしまいました。翌月に物資を届けに行ったのですが、車が通れない場所がいっぱいあって、漂流物の山にひしゃげた消防車が引っかかっているのをみて衝撃を受けました。

そんな状況でライフラインが止まっていても、被災地の人たちはそこでできることをしていました。沢の水をひいて水道から出るようにしたり、ドラム缶でお風呂を沸かしたり。それをみて、変化に対応できる人、受け入れて変われる柔軟な人が一番強いと感じました

3 未来を生きる子どもたちへ

変化に対応できる人になってほしい

――これからの子どもたちへ、生き抜く力を与えるメッセージをお願いします。

飯島 「レジリエンス」という言葉は、柔軟に対応していくこと、うまく適応する能力を意味します。そういう力を持っている人が強いと思うので、変化に対応できる人になってほしいです。

あとは映画を見に来てくれたらうれしいです。いろんな世界を疑似体験できて、いろんな人がいて多様性がわかります。我慢していることがあったとき、たとえ状況が変わらなくても、気分が違うと何かが変わることがあります。

取材を終えて
順番に立ち直って助け合えばいい

新型コロナの影響で、劇場スタッフは順番に不安に襲われたそうです。飯島さんは「人間って誰しも頭を抱えてワーッと落ち込むことがありますから」とごく当たり前として受け止めています。そして緊急事態宣言がでたことで腹を据え、いち早く動き出します。「川越スカラ座はスペイン風邪だって乗り越えてきたんだから、大丈夫」と話した笑顔が印象的です。
この取材を通して「同じ人間がずっと強いわけじゃない、同じ人間がずっと弱いわけじゃない」ということに気づかされました。順番に立ち直って、助け合えばそれでいいと改めて感じます。

【イベント情報】
第18回弁士・伴奏つき無声映画上映会
2021年4月3日(土)
弁士:ハルキ ピアノ伴奏:新垣隆
詳細は川越スカラ座にてご確認ください。
※終了しました。

取材日:2021年2月19日
磯崎弓子