女性として主婦として自信がなかった私。「今できることを、今いる場所で、今の私で」

「女性として、主婦としてという面では、本当に自信が持てたことなんて全然ないんです」と話す武田知絵美さん。子どものころから音楽が大好きで、特に「編曲」に興味があったそうですが、楽譜を読むのが苦手だったとか。そんな武田さんが手回しオルゴールと出合い、途中ブランクはあったものの、今では演奏したり体験講座を開いたり、編曲や作曲も楽しんでいます。「私は普通の人」と言う武田さんのこれまでを伺いました。(彩ニュース編集部)

・楽譜が苦手でも手回しオルゴールなら作曲できる!
・東日本大震災がきっかけで再開
・〝普通の私〟が人前で演奏
・没頭できるものを探そう
・工夫次第で何だってできるはず
・気負うことなく一歩一歩前進

Profile 武田知絵美(たけだ ちえみ)
活動:手回しオルゴールの作曲・編曲・演奏者(アーティスト名C-comb. シーコーム)
埼玉生まれ、千葉・浦安育ち、埼玉在住。独学で10年程前から手回しオルゴールの作曲・編曲・演奏を開始。福祉施設等での出張演奏のほか、子育てフェスタ、越谷技博などの地域イベントでワークショップも行う。2020年11月、日本テレビ『ぶらり途中下車の旅』で紹介され反響を呼んだ。オルガニート®️愛好会会員。豊かで独創的な編曲を心がけている。

1 今のこと

楽譜が苦手でも、手回しオルゴールなら好きに作曲できる!

――手回しオルゴールとはどんなものですか?

武田 曲カードをオルゴールに差しこみハンドルを回すと、カードが進み音楽が奏でられるというものです。曲カードは紙製なので、音を出したいところに自分で穴をあけて、オリジナルの作曲・編曲カードを作ることもできます。

私が使っている手回しオルゴール「オルガニート®️」の音域は20音のみで、♯や♭の音はありません。そのうえリズムにも制限がある中で工夫して編曲や作曲をするのですが、そこがおもしろみでもあります。
自由度が高いのも特徴で、たとえば自分の名前を曲カードに直接書いて、文字に点々と穴を開け、「自分の名前はどんな音楽を奏でるかな」と試してみてもいいんです。

手回しオルゴール。台に共鳴して心地よい音を響かせます

――楽しそう! 実際にやると喜ばれませんか?

武田 喜ばれます。先日も絵画教室・ワタナベアートとのコラボイベントをしました。曲カードは、ある程度厚みのある紙であればなんでも良いので、画用紙に自由に絵を描いて好きな部分を切り取ってもらい、各自自由に穴をあけ、どんな音になるか楽しみました。

――初めて手回しオルゴールの音を聞いたときのことを覚えていますか?

武田 はい。もちろん音色もすてきでしたが、それ以上に、曲カードを自分で作ることができるのが魅力でした。

私は音楽が大好きで、小学生のころから吹奏楽団でパーカッションを担当していました。編曲に興味があったのですが、ピアノを弾くのも楽譜を読むのも苦手で、音楽系の大学には進みませんでした。20歳の時、旅先で偶然手回しオルゴールに出合いました。「これなら自分で好きな音楽を作ることができる!」と感動したのを覚えています。

東日本大震災がきっかけで再開

――それから手回しオルゴールに夢中になったのですね。

武田 しばらくは夢中でしたが、その後、結婚、出産、子育てと専業主婦として忙しい毎日となり、音楽から離れていました。

手回しオルゴール再開のきっかけは2011年の東日本大震災でした。震災後少しして、片付けなどのボランティア活動が始まりましたよね。あのころ、だれもが「自分にできることは何か」と自問していたと思います。

当時私は3人の子育て真っ最中でした。子育て中はどうかという意見もあるかと思いますが、「今できることを、今いる場所で、今の私で、今の生活で、やってみよう。好きな音楽で皆さんのお役に立てればうれしい」と、一歩を踏み出す決心をしました。

それから手回しオルゴールを本格的にやり始め、まず市立病院でボランティア演奏をしました。

〝普通の私〟が人前で演奏

――練習を始めたものの、人前で演奏するのをためらってしまう人もいますよね。

武田 母が絵を描いていて、たびたび個展を開いていましたし、ほかにもアクティブに活動される女性の姿を結構見ていたおかげで、自分も一歩を踏み出せたのだと思います。吹奏楽の演奏会で舞台経験があったことも大きいですね。

何より私は普通の人です。「普通の私でも人前で演奏できる」ということで、何か感じていただけるのではないか、そこで共感していただければ、どなたかの踏み出す一歩になれるのではないかと思っています。

――「どんな人もみんな一人ずつ小さい花を持っている。その花を上手に咲かせましょうね」というのが、彩ニュースの姿勢なんです。だから武田さんのお考えはとてもすてきです。 ところで、市民文化祭での演奏をインターネットで聞かせていただきました。武田さんが編曲されたメドレー曲はテンポがよく、心地よいくらいに次々と曲が変わり、楽しめました。

武田 パーカッションをやっていたということもあって、私の編曲は〝音階のこだわり〟よりも〝リズムのこだわり〟に特徴があると思います。

今では穴を開ける前にパソコン上で試聴できるソフトがあり、作曲や編曲も気軽になりました。愛好家の中には「穴をあける前にパソコンで何十回と聞いているから、曲ができるころには飽きていることもあるよね」とおっしゃる方がいます。でも私、何回でも聞いていられるんです。こだわって作っているからでしょうね、「ここいいよね」「ここ好き」とか自分で言ってしまうんです。

――心から音を作る作業を楽しんでいらっしゃるのですね。

武田 そうですね。今のところ自作曲は5曲、編曲は50曲くらいあります。

みなさんはオルゴールに、夜寝る前に聞くと落ち着くといったイメージを抱いていると思いますが、私はむしろ「オルゴールなのにこういう曲できるの!?」といわれるような、今までにないものを作りたいと思っています。たとえばPerfume(パフューム)のテクノポップとか。

椎名林檎さんにインスピレーションを受けて、『林檎のワルツ』という曲も作りました。彼女の豊かな才能と多彩な表情を、20音だけの世界におさめるということに挑戦してみました。

椎名林檎さんの曲『人生は夢だらけ』の歌詞に「きっと違いの分かる人は居ます そう信じて丁寧に拵えて居ましょう」というフレーズがあります。私は、納得のいくものをつくるまでに1小節に1時間悩むときもあります。きっと違いを分かってくれる人はいるから、全力で丁寧に音を作ろうと心がけているからです。だからこのフレーズには共感します。

武田さん自作の曲カード

――今後はどうしていきたいとお考えですか?

武田 私の活動を応援してくださっている皆さんに喜んでもらえるよう、いろいろなチャレンジもしたいです。斬新な音楽で、新鮮な驚きを味わってもらえたらうれしいですし、聴く人が元気になるようなパフォーマンスも追求したいですね。 コンサート、演奏体験や曲カードの製作体験教室など、よかったらお声掛けください。

2 あなたらしくあるために大切なこと

自分にできることでいい 没頭できるものを探そう

――自分らしく生きていくために何を大切にしたらいいと思いますか。

武田 以前は専業主婦なのに主婦業が苦手、辛いこともありました。毎日会う幼稚園のママ友達はみんな笑顔で、本当に家で泣いたりしていないんだろうか、と思っていました。でも、手回しオルゴールという没頭できる趣味を見つけられて、皆さんのように笑えることも増えてきたような気がします。

逆に最近では「趣味があるのっていいな。あこがれる」と友達に言われることがあります。
今は無料で体験できるもの、近くで試せるものも探せば結構あります。自分らしく生きるために、今自分にできること、興味を持つものを探してみてはどうかなと思います。

それと、周囲や家族と協調していくのも大切だということも付け加えたいですね。

3 未来を生きる子どもたちへ

工夫次第で何だってできるはず!

――これからの子どもたちへ、生き抜く力を与えるメッセージをお願いします。

武田 手回しオルゴールは20音のみ。「限られた世界でどれだけ自由に音を操ることができるか?」がカギです。それはきっと人間も同じで、「工夫次第で何だってできるはず!!」と思わせてくれるこの小さな箱が私は大好きです。

それはヒンズー語の「Jugaad」(ジュガード)という言葉につながります。最低限の道具や材料で工夫して物事を成し遂げるという意味です。「今あるもので、どうしたらこれができるか、それは工夫次第なのだ」というふうに私は理解しています。

子どもたちには「お友達を大事に」してほしいですね。私自身が今、いろいろな方とご縁をいただくようになって、その大切さを実感しているからなんです。「あの人苦手」ではなく、みんなと仲良く接してほしいですね。
そのためにはJugaadの精神で、苦手な人がいたとしても、相手の気持ちになってみようとか、違う角度で接してみようとか、状況が良くなるよう工夫してみてほしいなと思います。結果として苦手な人を避けても良いけど、その前に工夫しようと思うか思わないかが、将来的には大きな差になるのではと思います。

取材を終えて
気負うことなく一歩一歩前進

「年に一度、成果を発表する」という目標を自分に課すため、越谷市の市民文化祭に自主的に出演している武田さん。彼女の演奏を聞いて「一緒にやりましょう」と声をかけてきた絵画教室の先生とは、のちにアールブリュット絵画展と手回しオルゴールのコラボ企画が実現しました。また、あるレストランで演奏したことがトイデザイナー山川和三氏との出会いへとつながり、越谷市で山川氏の戦争体験原画展も実現したそうです。
「今自分にできることを、今いる場所で、今の私で」。気負うことなく、一歩一歩前進している武田さんの姿が、だれかの一歩につながることを願っています。

取材撮影協力:ギャラリー・ヌー(地酒&ワイン商・谷塚屋内)
取材日:2021年2月15日
綿貫和美