埼玉県の中部に位置する、比企郡ときがわ町。この町には、オンラインなどで講義を行い、起業家を育成している「比企起業大学・大学院」(旧比企起業塾)があります。2017年にスタートし、これまで27人が巣立っています。
運営しているのは“ときがわ町に、人が集まり、仕事が生まれる”ことを目指して、さまざまな事業を手掛けている「ときがわカンパニー合同会社」です。同社代表で、人材育成のプロとして比企起業大学の“総長”を務める関根雅泰さんに、大学の概要や卒業生の仕事などについて伺いました。(以下敬称略)
主に30、40歳代の起業をバックアップ
――2021年の春学期から「比企起業塾」を「比企起業大学・大学院」に改めたそうですが、それはなぜですか。
関根 「起業塾」は、起業に向けた実践的な内容で進めていましたが、受講生は、既に事業を始めている人もいれば、これから起業する人、いつか起業したいと考えている人などさまざまでした。それぞれ真剣度も違うため、まずは基本を「比企起業大学」で身に付けられるようにしたんです。そして、これまでの起業塾を「比企起業大学大学院」として位置付けました。
――比企起業大学には誰でも入学できるのですか。
関根 私たちは“小さく始めて、大きくせず長く続ける”ことを「起業」と呼んでいますので、それに共感できる方で、基本的に30、40代の方を対象としています。この年代は子育てに追われる一方、勤務先からは期待されるため、悩む人は多いと思います。
――ワークライフバランスですね。
関根 そうです。起業しても大きくし過ぎると、子育てに時間を割けなくなってしまうので、“小さく”なんです。私を含めた講師陣が、30、40代に起業しているということもあり、ちょうど良いバランスを教えられると考えています。
――起業の業種が決まっていなくても良いのですか。
関根 それは問題ないです。ただ自分で考えようとしなかったり、他人の責任にしたりする人にはうちの大学は向いていません。弊社のホームページに掲載している入学説明動画や入学診断テストを見てもらえれば、自分に合うか合わないか判断できると思います。
さまざまな分野で活躍する卒業生たち
――比企起業大学ではどういったことを、どのような方法で教えているのですか。
関根 自分で考えて行動する、他人や環境の責任にしないといった「起業家マインド」を得られるようにしています。教材は、商品づくり・顧客づくり・現金残しの3つのテーマに沿って講師が作成した動画やビジネス書などです。ゼミの日には全員がオンラインでつながって、意見交換を行います。
――これまでの卒業生はどのような仕事をしていますか。
関根 フリーランスのデザイナー、空き家活用にも取り組む不動産業、ときがわ町産の木を活用する製材業、そして夫と共に日本初の「キャンプ民泊」を始めた女性もいます。私たちが介入しなくても、卒業生同士が組んで仕事をつくったりもしていますね。
ときがわ町だからできること
――ときがわ町は、新しいことを始めやすい環境なのでしょうか。
関根 このエリアには、“どうぞどうぞ精神”が根付いているんです。足の引っ張り合いなどもなく、「やりたいことがあれば、どうぞやってください」という感じです。地域性でしょうね。
――人と人との間に程よい距離感があるんですね。今後の抱負を教えてください。
関根 一つは、道路から町に入る場所に「比企起業大学 ときがわキャンパス」の看板を立てることです。木製であちこちに立てたいですね。現在、町内には高校も大学もないので、看板を見た人が不思議に思って検索してくれるといいなと思っています。
もう一つは、応援団づくりです。弊社発行の「ときがわカンパニー通信」を読んで、私たちの活動を知った方が本を寄付してくれたことがあり、町内には起業家を応援したいという人が少なからずいるのではと思ったんです。仕組みとしては、クラウドファンディングの地域版のような感じでしょうか。町内で新たに農業や空き家活用などに取り組む若い人をお金で応援すれば、巡り巡って自身の老後の安心にもつながっていくはずです。お金を出してくれた方への特典としては、先ほど話した比企起業大学の看板に名前を彫るのもいいですね。
比企起業大学大学院の学生にインタビュー!
2021年春学期の比企起業大学を卒業し、引き続き、大学院で学んでいる楠田理恵さん(埼玉県坂戸市在住)に入学のきっかけや目指す方向などを伺いました。
――比企起業大学に入学するまでの経緯を教えてください。
植田 東京都内の会社で働いていたとき、最初の10年は人事を担当していました。その後、結婚・出産を経て異動になりましたが、人事の仕事で身に付けたことを形にしたいと思い、国家資格のキャリアコンサルタント(※)を取得しました。自分らしく生きるための支援を仕事とする資格なので、勉強しながら私自身も感化されたと思います。(※)職業選択や職業能力の開発などについて相談・助言等を行う専門職
その後、約16年勤めた会社を辞め、職住近接を目指して近くの行政書士事務所のパートスタッフになりましたが、自分の裁量で働きたいという思いが募り、1年で退職。でも、これから自分でどう仕事をつくっていけば良いのか、分かりませんでした。そんな中、ネットを通して比企起業大学の存在を知り、ぜひ学びたいと思って入学を決めました。
将来に向けて、主体的に活動中
――比企起業大学で学んで良かったと思うのはどんなことですか。
植田 時間やお金の見方が変わり、例えば、同じ種類の食品で298円と398円のものがあった場合、その違いは何だろうと考えるようになりました。今は、いろいろなことに目を向け、アンテナを張っている状態です。
起業家のイメージも変わりましたね。「こんなことができます!」「これを売っています!」とスキルを前面に出すのではなく、自分は黒子になってお客様を引き立たせてこそ仕事が生まれるのだと気づきました。これは、キャリアコンサルタントの仕事にもマッチしています。
――比企起業大学大学院ではどのようなことをしているのですか。
植田 一般的な大学院が、受け身の講義ではなく、専門的な研究を中心にしているのと同じく、より実践的な場になります。日々主体的に起業に向けて動き、月1回のゼミでは講師から意見をいただいたり、話し合いを重ねたりしています。
今、私は午前5時から比企起業大学の同期たちとオンラインで「朝活」をしています。最初は近況報告だけだったのですが、最近はお互いのサービスや商品を体験し合うようになりました。私の場合、オンラインでコンサルティングができますし、同期が運営する古民家を利用して私が大学院のゼミを受けている間に、庭で夫と子どもたちがキャンプ体験をさせてもらったこともあります。
――起業してどのような仕事をしていきたいですか。
植田 キャリアコンサルタントではありますが、職業に関わるものだけではなく、夫婦関係や子育てなどの悩みを持つ人の助けになれればと考えています。このほかにも、自分にできることを見つけて地元で働き、地元の経済を回していきたいです。
取材を終えて
人(関根さん)が環境(比企起業大学)をつくり、その環境が人をつくり、その人が仕事をつくる。そして町が豊かになる。「好循環」としか言いようのない状態が少しずつ着実に広がっている、ときがわ町。その魅力に引き寄せられる人が、これからも増えていくのではないかと思います。
取材日:2021年11月25日
矢崎真弓