昨今、瓶に入ったインクを集めたり、インクを使って万年筆やガラスペンで筆記したりする「インクブーム」が起きています。「ご当地インク」と呼ばれる、その土地ならではのテーマを色にしたインクも人気です。埼玉県にも、ご当地インクがあるのをご存じですか? 埼玉県ご当地インク「彩玉ink」(さいたまいんく)を企画制作した、パピアプラッツ(株式会社クレス)の中川美佐紀(なかがわ・みさき)さんにお話を伺いました。
埼玉ならではの風景や名産品を色で再現
彩玉インクは2022年2月に第一弾として5色、2022年9月に第二弾3色が発売されています。川越の街並みや狭山茶など、埼玉県民にはおなじみの場所や名物がモチーフです。
中川さんはコロナ禍で県外移動が制限される中、改めて埼玉県内の名所や史跡、名物を訪れるにつれ、埼玉県の魅力に夢中になり「埼玉県には面白くて素晴らしい場所やものがたくさんある」と感じたそうです。
そこで埼玉県民にとっても、県外の人にとっても手元に置いて埼玉の魅力を感じられるようなインクを目指すことにしました。
県内のさまざまな場所へ直接赴き、数ある候補から第一弾に選んだのは、「川越 蔵の街」「狭山茶」「草加煎餅(せんべい)」「長瀞渓谷(ながとろけいこく)」、そして「コバトン」。言わずと知れた、埼玉県のマスコットです。
「街中のあらゆる所で見つけられるコバトンは、埼玉県民にとってとても身近な存在ですよね。親しみやすさは、埼玉県のイメージでもあると思っています。彩玉inkは埼玉県のご当地インクですから、コバトンをどうしても入れたかったんです」と中川さん。
文具メーカーのこだわりであるインクそのものの品質の良さと使いやすさが特徴的な彩玉ink。さらに、ご当地インクとして、テーマになっている場所の色合いを感じられるようにする工夫がなされています。「再現することは、説得力が必要」だと感じているからです。
コバトンの色は、コバトンが県鳥のシラコバトをモチーフにしていることから、シラコバトの羽色の再現を目指しました。塗るとムラが何層にも見えるように調整して、1色ではない羽の色合いと、ふわりとした羽の印象に近づけています。落ち着いたインクの色と、キュートなコバトンのルックスとのギャップにおもしろさがあり、コバトンを知らない他県の方からも、「かわいい!」と人気だそうです。
第二弾の「大宮盆栽」「越生梅林(おごせばいりん)」「さきたま古墳・勾玉(まがたま)」はより埼玉をディープに理解していただこうと考え、埼玉の歴史を感じられるモチーフをピックアップしました。
「他県民に興味をもってもらえることが埼玉県の魅力アピールになり、埼玉県民におもしろいと感じてもらえることが地元の魅力再発見の後押しにつながっていると思います」
新色は埼玉県を代表する、あの青色
2022年11月、彩玉inkに新たな仲間が加わります。埼玉県だけではなく日本中で愛されているアイスキャンディーの色「ガリガリ君ソーダ」。埼玉県深谷市に本社を置く食品メーカー「赤城乳業」が生み出した「ガリガリ君」は、埼玉県内の工場で生産されています。なかでも代表的なフレーバー・ソーダ味の色がインクになりました。
中心部のガリガリとした食感の氷と、周りのシャリッとしたアイスが、ガリガリ君ソーダの特徴です。中川さんはインクとして再現するにあたり、ガリガリ君ソーダが2層になっている点に着目しました。「リアリティを追求し、乾いたときにはっきりとムラが残るようにしました」と中川さん。爽やかで、どこか青空を感じさせる色が完成しました。
「赤城乳業さんの企業スローガンは『あそびましょ』です。ガリガリ君ソーダ色の彩玉inkも、楽しんで使ってくださいね」
彩玉inkから広げたい埼玉ご当地文具の世界
中川さんの元には、彩玉inkのユーザーや、埼玉県内の観光協会からもアイデアが寄せられるようになりました。「埼玉県内の魅力に気づいてほしい」という彩玉inkのコンセプトが伝わり、新たなつながりが生まれていると、中川さんは感じています。
「もっとディープな埼玉県の名産品や見どころを彩玉inkに加えたり、インクだけではなく、埼玉県内で活躍する工芸作家やデザイナーとコラボレーションしたり、試してみたいことがたくさんあります。インクの域を超えて、これからも挑戦していきたいです」
◆取材を終えて インクを使う魅力について、「万年筆やガラスペンは、書くときに姿勢を正すような気持ちになるんですよね。書くことそのものに向き合うようなイメージです。”整う”ような」と中川さん。 「もちろん、塗りたくる楽しみだってあります。塗ることは、子どもも大人もみんな好きです。書いたり塗ったりすることが、その人の内に秘めていた思いを形にして、力にしてくれるのかもしれないですね」 ガリガリ君ソーダ色をお借りし、紙にペタペタと塗ってみると、夢中になってしまい、止められなくなりそうになりました。書くこと、描くことのおもしろさも改めて感じた取材でした。 取材日:2022年10月21日 塚大あいみ