それまでどんなにバリバリ働いていた人も、子どもが小さいうちは、以前と同じようには働けません。だれもが直面する道ですが、その状況を受け入れるまでには心の中で葛藤(かっとう)があります。でも、先を行く女性は発想の転換がすごい。その現実を受け入れたとなれば、両立しながら仕事を続けるために、自分の置かれたポジションで何をすべきか冷静に模索し、挑戦を始めるのです。そんな成長し続ける女性を紹介します。(彩ニュース編集部)
○数字を重ねていくことが好き 達成感があるから
○16歳で気づく 生きるために働くという世の習い
○子育てと仕事のバランスに悩み、道を切り開く
○プレーヤーからマネジャーへ脱皮
○少しだけ上の目標を設定し、右肩上がりの自分を実感する
○経験は困難を乗り越えるための財産になる
Profile 田中智子(たなか ともこ)
職業:東武乗馬クラブ&クレイン(埼玉県宮代町)営業部チーフ 体験乗馬インストラクター
他:2008年、2009年、2010年、2011年、2013年、全国の乗馬クラブクレイン
(https://www.uma-crane.com/) の中でトップに与えられる「最優秀社員賞」を受賞。現在、体験乗馬インストラクター、営業、部下管理を担当 5歳児の母親
1 今の仕事のこと
数字を重ねていくことが好き 達成感があるから
――乗馬クラブクレイン(以下「クレイン」)に入社するまでのいきさつを教えてください。
田中 学校を卒業し、外資系ファッションブランドの美容部員として百貨店で5年間くらい化粧品の販売をしていました。
ハイヒールを履いての立ち仕事で負担がかかったのか、ヘルニアになってしまい、退職しました。ヘルニアが治ったら、違う世界に飛び込んでみるのもいいかなと思っていたところに、担当医から運動を勧められ、その医師は乗馬が楽しいと話していました。そのとき初めて〝乗馬〟を意識しました。
27歳のときクレインに入社しました。今年で13年目になります。
――入社されて、体験乗馬インストラクターと営業の担当になったのですね。
田中 今思うと「よくそんな大胆なことを口にしたな」と思うのですが、採用面接で「私、数字が好きなんです」と言ったので営業になったのだと思います。
数字を重ねていくことが好きです。目標を達成するということも、自分の中では仕事をしていくうえでの楽しみの一つなんです。
――数字で目標を設定するとプレッシャーを感じてしまうから、避けたい人も少なくないと思いますが、田中さんは最初から数字を追うことが好きだったのですか。
田中 そうですね。数字を達成していくことで、自分の仕事力がどんどんパワーアップしていることが目に見えて分かるので。
16歳で気づく 生きるために働くという世の習い
――もともと積極的なタイプですか?
田中 もともとはそんなに積極的ではありませんでした。社会に出る少し前くらいから積極的になりました。
――何かきっかけがあったのですか? 女性は〝数字〟という視点をなかなか持てないと思うのですが。
田中 実は16歳から一人暮らしを始めたんです。
女子高に通っていて非行に走る子がいる環境でもなかったのですが、俗にいう、ひどい反抗期で家を出たくて。アルバイトでお金がたまったので、あまり先のことも考えず、服とCDラジカセを持って出ました。
そこからでしょうか、生きていくためには自分が働かなくてはいけないし、ずっと保守的な状態だと、そもそも生きていくこと自体できなくなってしまうと気づき、それから積極的になったと思います。
――親元を離れて一人でやってみるって大事なんですね。高校2年~3年という多感な2年間の体験で大きく変わったのですね。
田中 そうですね。アルバイトをしながら高校に通っていましたが、家賃や生活費で生活が苦しくなってきて、高校を卒業するタイミングで実家に戻り、専門学校に入りました。
――田中さんは体験乗馬インストラクターとして全国のクレインでトップの成績を収め、「最優秀社員賞」に選ばれていますね。それも過去5回受賞されています。
田中 子どもが生まれる前は9割9分仕事のことしか考えていませんでした。自分に責任が伴うことを、重たい、つらいと思うこともありませんでした。むしろ仕事を任せられることによって生きがいと達成感を感じていました。
――そこへお子さんが誕生。子育てと仕事の両立は、楽しいこともあれば大変なこともあるのではと思いますが。
田中 育児休暇をとって仕事に復帰する私のようなケースがあまりなかったにもかかわらず、同じ部署の上司、同僚、部下に非常に理解していただける環境に今身を置いているので、育児と仕事の両立はできている方だと思います。
一方で、以前と同じように働けないもどかしさは誰もが最初感じることだと思います。当初は「もっと仕事がしたい」、でも「どこかでセーブする気持ちを持たないと育児がおろそかになり、家庭とのバランスがとれなくなってしまう」という心の葛藤(かっとう)がありました。
その葛藤は数年続きましたが、「自分が母親として育児をしなくてはいけない。仕事だけをしていればいい立場ではない」ということを自分の中で受け入れることができるようになりました。
そして「これから、育児をしながら仕事も続けていけるように、自分はどうするのがこの会社ではいいのか」ということを模索するようになりましたね。
――うまく両立するには〝職場環境が整っていること〟に加えて、〝親自身の覚悟〟が必要なんですね。普段、仕事と子育てのバランスをとるために、何に気を付けていますか。
田中 たとえば仕事は家に持ち帰らないということです。「お疲れさまでした」と職場を後にして子どもを迎えに行く車の中では、仕事のことは考えていないですね。子どものことを考えるように勝手に頭が切り替わっています。
朝、子どもを保育園に送り届け、車に乗ると、頭がくるっと切り替わって、その日の仕事のことを考えています。車の中で切り替わっていますね。
――スイッチを切り替えることがポイントなんですね。〝ママモード〟から〝仕事モード〟に切り替わるのですね。
田中 そういえば初期のころ、切り替えきれていないときが確かにありました。家に帰ってから仕事や数字のことを考える自分もいましたね。
「仕事ばかりじゃダメ。育児もしないといけない」という覚悟がついたから、たぶん切り替えられるようになったのだと思います。
――私は子育てがキャリアアップの足踏みだと思ったことがなくて、すべてが後になってつながると思っています。お母さんの視点だったり、いろんな視点が持てるようになり、それは絶対仕事に生きてくると思います。
田中 そうですね。最近それは自分でも感じています。
部下に20代前半の若い女の子が多いのもあって、部下の育成は子育てと似ているところもあると最近とても感じます。
若いときは人を育てることに慣れていなくて、自分ができることに関しては自分が基準になってしまっていました。たぶん言われる方からすると、「そんなの無理だよ」と言いたくても、言いにくい雰囲気を私は出していたのではないかと思います。
今は、「最初はできなくて当たり前」と思えるようになりました。ものを教えるときも、「知らなくて当然の人に理解してもらうには、どういう風に教えると一番わかりやすいか」を考えるようになりました。
教えたことを部下ができるようになったときは、今までとはうれしさの度合いが違いますね。部下が成長したことによって、自分も一緒に成長できている気がします。
子育てもそうですよね。子どもがちょっと成長した場面を見るとうれしくなるのと似た感情が湧くようになりました。
2 あなたらしくあるために大切なこと
少しだけ上の目標を設定し、右肩上がりの自分を実感する
――自分らしくあるために、何を重視して生き方・働き方を選ぶと良いとお考えですか? たとえば部下に対して言うとしたら。
田中 主旨から外れているかもしれませんが、自分が今まで達成したことがある目標のちょっと上を常に目指していくと良いのではないでしょうか。あまり大幅な目標、理想を掲げてしまうと、道のりも遠くなってしまうし、挫折をしてしまう可能性もあるので。ただ途中で投げ出したりはしてはいけないと思います。
ちょっとずつですけど右肩上がりに伸びていく自分が実感できるようになってくると、自分に自信が持てるようになってきます。そうすると仕事だけでなく、いろんなところで生きてくると思います。
社会に出るといいことも悪いことも、楽しいこともつらいこともあると思いますが、すべてを経験だと思って20代を過ごすと、30代40代になった時に、いろんな思いをした経験が生きてくるかなと思います。
3 未来を生きる子どもたちへ
経験は困難を乗り越えるための財産になる
――これからの子どもたちへ、生き抜く力を与えるメッセージをいただけますか。
田中 コロナ禍もそうですが、社会情勢が急に変わったり、予測できないことが起きてくる時代には、やはり経験が生きてくると思います。
自分にとって良くないことだったとしても、受け入れた瞬間から〝経験〟という自分の財産になります。新しい困難に直面したとき、自分の過去の経験から乗り越えるヒントがそこにあるかもしれません。
これからの子どもたちにはいろいろな経験をすること、そしてコミュニケーション能力を養っておくことをお勧めします。社会に出たとき、活きてくると思います。
取材を終えて
田中さんのお話を伺って感心しきりでしたが、田中さんの取材に付き添っていただいた上司の方のコメントをここでは引用させていただきます。
「田中さんに体験乗馬のレッスンしてもらって乗馬の楽しさを知り、趣味として始めた方が全国で一番多かったんですね。それで過去に5回最優秀社員賞に輝いた。そのときはスーパープレーヤーでした。出産されてからも、育児と仕事を両立しトップを走り続けようと思っていたけれど、両方を完璧にこなしトップを維持し続けることは難しいと分かった。育児も彼女の中で大切な部分ですから、両立させようと思ったらどこかで割り切って考えることも必要だったということですね」。田中さんの心の葛藤を見守ってこられた、上司のやさしい眼差しを感じ、感動しました。
そして、今、田中さんは次を見ています。これまで培ってきたレッスンの仕方、楽しませ方、馬の調教の仕方、管理の仕方を、これからの若いスタッフたちにどうやって伝えるか、つまり、プレーヤーとしてではなくてマネジャーとして新たな挑戦をしています。田中さんがこれからどんな道を開拓していかれるのか、とても楽しみです。
取材日:2020年10月12日
綿貫和美