蜂蜜酒(ミード)をご存じですか? 蜂蜜と水だけを原料としているお酒です。埼玉県秩父郡小鹿野で蜂蜜酒造りをしている工藤エレナ(パスコ・エレナ)さんを取材しました。
エレナさんはモスクワ生まれ。父親の福島県会津若松市の大学赴任を機に、4歳のとき家族で来日しました。幼少期を会津若松で過ごし、父親の転勤に伴い、11歳から東京で育ちました。
「東京に移住したあとも第2の故郷である会津若松には、たびたび帰省していました」とエレナさん。帰省したときに会津産蜂蜜酒のポスターを見つけ、どのようなお酒なのかが気になったため、そのまま同県喜多方市の「峰の雪酒造場」を突撃訪問。初めて飲んだ蜂蜜酒は、バラの蜂蜜酒でした。甘いけれどキレ味のよい蜂蜜酒に魅了され、自分で造りたいと思ったことが夢の始まりだったといいます。
周りの協力もあり夢に向かっての一歩が踏み出せた
「会津の蜂蜜酒に出合った頃は、大学生だったため経営力や経済力、知識も持ち合わせていませんでした」とエレナさん。卒業後、大手IT企業のインターネット通販のコンサルタントとして就職し、さまざまな知識や営業力を身につけたといいます。その後、ご主人と出会い結婚しました。
結婚してからも酒造りに関わりたいと考えていたエレナさん。子どもが産まれてからも、夢は捨てきれなかったといいます。
そんなエレナさんの様子をみていたご主人から、「酒造りがどうしてもやりたいんだよね。家を建てるのと酒蔵を造るのと同じくらいの金額がかかるけど、建てるならどっちがいいの?」と言われ、エレナさんは「酒蔵!」と即答したそうです。
「会津に国産蜂蜜酒の先駆者である師匠がいて、自分は営業と酒造りを担当する。経営者で戦略が得意な夫もいる。蜂蜜酒を造る協力者がそろった、チャンスだ」と思ったエレナさんは、販売免許や製造免許を取得しました。
酒蔵をつくるのは、蜂蜜酒造りに必要な「おいしい蜂蜜」と「おいしい水」があり、さらに知名度も考えて秩父を選んだそうです。
「母校の東京農業大学から紹介され、秩父の小鹿野町役場へ行きました。この地域で蜂蜜酒を造りたいとプレゼンをしたところ、ぜひ来てほしいと話がすぐにまとまりました」とエレナさん。
当時は小鹿野町で移住施策が始まった頃で、エレナさんは移住者が地域振興につながる事業を自ら提案し活動する「地域おこし協力隊」として、移住者向けポータルサイトと情報発信を担当する仕事も紹介してもらったそうです。酒造りができるまでの3年間、活動することができてタイミングも良かったといいます。
子どもに「夢追い人」の姿をみせたい
2019年に家族で小鹿野町へ移住しました。子育ては田舎でしたいという思いもあったそうです。
「都会では自営業やフリーランスは、保育園入園が難しいと聞きます。小鹿野町には町立子ども園があり、生後8カ月から預けられるので助かります」とエレナさん。
しかし、醸造所の設立と2人目出産が同時だったため、子どもを保育園に預けられる年齢になるまでは、仕事をしながらの子育てでした。
現在でも自営業であるため、保育園にお迎えにいったあとも、子連れで仕事をこなすこともあるそうです。園が休みの日や打ち合わせで外出するときは、ご主人やその両親、ベビーシッターなど周りの人に助けてもらっているそうです。
「子どもたちとの時間も大切ですが、周りの人と関わりながら、夢を追い続ける親の姿をみせる子育ても良いのではと感じています」とエレナさん。
蜂蜜酒を造りたいと思ってから10年かかりましたが、夢はかなえられるし、これからも追い続けるものだという「夢追い人」の姿を、ご主人や子どもたちに見せ続けたいという思いがあるということでした。
取材を終えて
蜂蜜酒は一切の混ぜものをしていない蜂蜜のみを原料としているお酒です。日本ではあまり知られていませんが、その歴史は古く、ギリシャ神話にもでてくる人類最古のお酒ともいわれています。エレナさんは小鹿野産蜂蜜「百花蜜」を採用し「秩父百花」という名の蜂蜜酒を造っています。店舗は持たずにネット通販のみでの販売です。秩父百花のほかにも、ライチやリンゴ、オレンジの蜂蜜酒も販売されています。私も秩父百花を試飲しましたが、甘くてキレ味のあるお酒でした。前向きなパワーいっぱいのエレナさん。これからも夢を追い続けてほしいと思います。
取材日:2022年5月18日
田部井斗江