すべり台やぶらんこなど人工遊具がない緑豊かな園庭で、子どもたちは自分で遊びを考え出します。園舎のなかでは、お絵描きや工作をしている子どもたちもいます。なにをして過ごすかは本人の自由。秩父の自然の中で、子どもが伸びようとする力を引き出す「花の森こども園」を紹介します。
「花の森こども園設立のきっかけは、子どもを通わせていた幼稚園の経営方針が大きく変わってしまったことです」と葭田(よしだ)昭子園長。英会話教室や体操教室が組み込まれ、葭田さんの理想とする子育てではなくなってしまったそうです。2007年10月のことです。
この経営方針の転換に反対だった保護者たちで、自主保育をしていこうと決意し、翌年2月に活動を開始。同年4月には5人のこどもたちとその保護者らとともに、自主保育の幼稚園「花の森こども園」を開園させました。その後2021年4月の幼児教育無償化制度を機に、地方裁量型認定こども園へと移行させたそうです。
「園舎は公的な資金を利用していません。市民の寄付や融資により建てられました。ここは、市民の声や気持ちが形になった園舎なのです」と葭田さん。
子どもたちの自己教育力を信じて伸ばす
同こども園では、子どもたちの気づきや考え方を尊重しながら伸ばしていく教育方針です。幼少期から自然と触れ合い、自分から気づき学んでいく力を伸ばすためには、自ら気づき行動のできる環境を、整えてあげることが大切なのだと葭田さんはいいます。
日々変化する自然のなかには、子どもたちの気づきや振る舞いの動機となる環境が整っています。そのなかで他者との関係性がうまれ、ルールや表現力が育っていくのだそうです。「子どもたちが伸びようとする力を信じて、尊重することが大人の責任であると考えています」と葭田さん。
同こども園のユニークな取り組みに、木曜日の「同じ釜の飯の日」があります。この日は、子どもたちが助け合いながら食事をつくります。自宅から持ち寄った野菜や、近所の方からの差し入れ、自分たちで収穫したものが食材です。刃物や火の扱い方、配膳、あと片付けなど、生きていくために必要な生活行動が自然と身につきます。食材ひとつにも命があり、生命の循環につながるということに気づいていくことが、一番の目的なのだそうです。
周囲のことを考えて行動できる大人に育ってほしい
「子どもたちには、自然は人間だけのものではないということを理解してほしい」と葭田さんはいいます。動物や鳥も自然界のなかで暮らしていて、生と死をくり返し循環されながら生きているということを、子どもたちは体験のなかから感じているそうです。
また異年齢の子どもたちが一緒に活動する生活では、年上の子どもが小さい子どもの面倒をみることもあり、思いやりのある大人への土台になるといいます。
葭田さんは、地球に住まわせてもらっていることをイメージして行動できる大人がひとりでも増えてくれたら、良い変化が起こるかもしれないと考えているそうです。
◆取材を終えて 自分たちでつくった食事をおいしそうに食べている姿や、「米のとぎ汁で洗うときれいになるんだよ」と食器を洗いながら話してくれた子、小さな子がヤギを追い回していたときに「ヤギの気持ちを考えたことがある?」と教えている年長さん。 いろいろな子どもたちから、忘れかけていた大切な気持ちを学ぶことができました。 「ほかの生物にも命や感情があるということを、子どもは遊びのなかから徐々に覚えていくものです」。葭田さんの言葉にとても共感し、今も心に残っています。 取材日:2022年9月15日 田部井斗江