完璧じゃなくていい。本質さえ大切にしていれば大丈夫

「劇場ホールのたたずまいが好き」と話す門田恭子さん。新規にオープンする公共ホールのスタッフ育成講師として日本各地から頼りにされ、埼玉県所沢市内のミニホール「松明堂(しょうめいどう)音楽ホール」の運営サポートや公演の企画なども手掛け、大忙しの毎日です。もともと「将来的なキャリアプランがなかった」という門田さんが、なぜ現在のような仕事をするようになったのか取材しました。(彩ニュース編集部)

・きっかけは所沢の劇場ホールの新規オープン
・多くの人の思いが詰まった松明堂音楽ホールと出合う
・「天職」は英語で「CALLING」 仕事に呼ばれてきた人生
・完璧主義NO!
・子どもは進化している人類。自分なりの価値観を見つけよう
・驚きのクレーム対応

Profile 門田恭子(かどた やすこ)
職業:コンサート企画制作 
神奈川県生まれ。所沢市在住。セブン・ティアーズ代表。1993年より複数のコンサートホールや劇場の運営、さまざまな公演の企画・制作、海外アーティスト招聘(しょうへい)に携わる。現在は、市内のミニホール運営、公演プロデュースや現場サポートなど舞台に関連するさまざまな業務に従事しながら、新規オープンする公共ホール職員および市民サポーター育成講師として、全国各地へ出張している。

1 今の仕事のこと

きっかけは所沢の劇場ホールの新規オープン

――今の仕事をされるまでのことを教えてください。

門田 大学卒業後、一般企業の事務職につきました。結婚までの腰掛け気分で、何のキャリアプランもありませんでした。入社3年目に結婚し“寿退社”をして、1989年、所沢市に移り住みました。

しばらくして所沢市民文化センター「ミューズ」の建設が始まり、私は「すごくすてきなホールができるんだ!」と興味津々。小さいころから音楽を聞くのも演奏するのも好きでしたし、ホールという空間にもとても興味があったのです。
そんなとき、ミューズにレセプショニストを入れるため、委託業者がアルバイトを募集したんです。

――レセプショニストとはなんですか?

門田 劇場の案内係のことです。
私は気軽な気持ちで応募しました。学生、主婦など30~40人いました。ところが、何の経験もなかったんですけど、そのリーダーになるように言われたんです。びっくりしました。

――未経験なのに? リーダーに指名した方の眼力がすごいですね。

門田 私は以前からよく「長女気質だね」と言われていました。
そのときも長女気質だと思われたのでしょう。そうでなければ、いきなり素人に、30~40人をまとめなさいとは言いませんよね。

ミューズのオープンに携わったことをきっかけに、その委託業者の依頼で、都内のいくつかの公共ホールのオープンに関わりました。また、豊島区立舞台芸術交流センター「あうるすぽっと」では、ホール職員としてオープン準備の仕事をしました。
さまざまな立場でホールのオープンを何度も経験しているという点では珍しい存在かもしれません。

――自分が関わったホールがオープンするときってどんな気持ちですか?

門田 もちろんうれしいですし感無量ですが、とにかくオープンの日は、そのホールの歴史の中で一番大変な日なんですね。事前に研修はしたけれど、だれもがみんな初めての体験で、一番わくわくもしているけど一番混乱する日でもあるんです。

あっちではお客さんが怒っている、こっちでは「扉をいつ閉めればいいんですか!?」とスタッフが叫んでいる。そんな大混乱の中で、お昼も食べずに駆け回って一日が終わります。
オープンって船出を見送るようなもので、それがすごく好きなんです。

――印象深かったホールはどこですか?

門田 年に300日以上イベントが催されている東京・池袋の東京芸術劇場です。
大ホール、中ホール、2つの小ホールを備え、公演数は年間1000にも及びます。そこで本当に鍛えられました。

初めは案内チーフとして、後にはホールの職員としてクレームに対応したのですが、ものすごく聴覚に鋭い方が大勢来られるので、2000人規模のホールですと毎回必ず何かしら起こるんですね。
もともと、できなかったら、なぜできなかったかを考えるのが好きなので、ありとあらゆるクレームを体験して、そこで、どういう対処をしたときうまくいったか、失敗したかという経験を積み重ねました。

さまざまな経験を積んだことで、今では各地の公共ホールのスタッフ育成に講師として呼ばれるようになりました。自分の失敗談を話し、私の持っている経験をすべて投入します。

市民サポーター講座で講師として開演直前の業務を説明する門田さん=秩父宮記念市民会館(秩父市)で

多くの人の思いが詰まった松明堂音楽ホールと出合う

――公共ホールのスタッフ育成のほかに、何をなさっていますか?

門田 松明堂音楽ホールの運営サポートもしています。
このミニホールにはチェンバロという普段あまり聞けない古楽器があります。本来ならそれを生かし、自分で企画したコンサートを開くのが私の仕事の軸なのですが、それは去年からコロナ禍で事実上できない状態です。

――松明堂音楽ホールはどんなホールですか?

門田 実はとっても個人的な思いでできたもので、私が関わったほかの公共ホールと一線を画しています。

東京・小平市の書店店主の「本屋が文化をやらないでどうするんだ!」という熱意が美術家や音楽家、デザイナー、建築家といった著名な方々の心を動かし、できあがったホールです。

古楽器リュートの音色が美しく響くように設計された松明堂音楽ホールは84席の小さなホール。チェンバロ(手前左)の装飾や館内のオブジェはすべて美術家望月通陽によるもの

門田 オープン前、ホールではマネジャーを探していました。
私は何も知らされず、建物が建っているから見に行こうと連れてこられ、「マネジャーに採用したい」と突然言われました。「お給料も何も聞いていないし、無理です」とは言ったものの、ヘルメットをかぶせられて建築現場に連れていかれたとき、なんてすてきな場所なんだろうとものすごくときめいちゃったんです。面白そうな感じがウワーッとしたんです。

――どんなところがすてきと思ったんですか?

門田 ドリルの音が響く中、階段を降りて行くと穴蔵のような空間が広がっていました。ほこりだらけで鉄骨むき出しで、工事照明しかない洞窟みたいなところなのに、私の五感が、「好きだ好きだ、ここがすばらしい」と言っていたんです。
結局オープンの半年前からマネジャーとして働くことになりました。

「天職」は英語で「CALLING」 まさしく仕事に呼ばれてきた人生

――門田さんはキャリアプランを持っていなかったということでしたが、いつの間にか仕事に夢中になっていたようですね。

門田 ミューズができたときが29歳、東京芸術劇場に行ったのが30代初め、松明堂音楽ホールは30代中ごろです。ここまで夢中で仕事をするようになるとは思っていませんでしたね。

仕事には、呼ばれて関わるようになることが多い気がします。呼ばれて、「好きそうだなぁ」「面白そうだなぁ」と思うと、お役に立つならと引き受けちゃうんですね。
それがたいていは私の能力を超えたことなんです。今の自分にはとてもできないことなのに引き受けちゃうんですね。

引き受けて走り出しながら、知識もないし経験もないし、やっぱり失敗するわけです。
七転八倒していると、不思議と救いの師匠みたいな人が次々と現れて、この本を読みなさい、あそこの大学のアートマネジメント講座は社会人も受講できるよとか、いろんなことを私に言ってくださるんです。

不器用なのにすごいことを引き受けてしまうので、たぶん心配して教えてくださるんですね。良い方に恵まれていると思います。毎回どのときもそうなんです。

――呼ばれて引き受けたからには、ある程度軌道に乗せるまで、投げ出すのは嫌ですよね。

門田 嫌ですね。そこが長女気質なんですね。変な責任感だけはあるんです。
「ちゃんと軌道に乗るまではやらなくちゃ」という思いがずっとありますね。

――門田さんの“誠実さ”と、良い意味での“天然”、すばらしいです。たくさんの努力をなさっていると思うんですけど、それが自然体なので、率直にすごいなと思います。

門田 そういわれると勤勉ないい人になっちゃいますが、そうじゃないんです。自分の中では、面白いゲームをやっていて、うまく進まなかったら、あの手この手で進み方を変えてみるという感じなんです。

――いろいろなところから呼ばれるというのは、まさに“天職”ですね。

門田 最近ある本を読んでいたら、天職のことを英語で「CALLING」(CALLは「呼ぶ」)と表すと書かれていました。

天職というと、一つの仕事を一心不乱にやるというイメージがありましたし、キャリアプランを考えてまっしぐらに進んでいる人にコンプレックスを感じてもいたのですが、CALLINGが天職の英語だと知り、もしかしたら私はこれでいいのかもしれないと、ちょっと安心しました。

まさに私、呼ばれて、行って、取り組んで。こっちが大丈夫になったら、今度はあちらから呼ばれて、行って、取り組んで。それが続いて今にいたっている気がします。

2 あなたらしくあるために大切なこと

完璧主義NO!

――自分らしく生きていく、働いていくために何を大切にしたらいいと思いますか。

門田 「完璧主義NO!」って自分に言い聞かせています。
完璧主義になると顔もものすごく険しくなっちゃうし、相手にもたぶんつらく当たってしまいます。押さえるべき本質は押さえますが、すべてに完璧であることにこだわってしまうと、自分がつらくなるんですよね。私にとっての本質とは、いい演劇や演奏を上演し、お客さまに楽しんでいただくことです。

完璧主義という中には、「人がどう思うか気になる」という心情もあると思いますが、それを優先順位の1番にしちゃ絶対にダメです。人がどう思うかを無視もできないので3番目くらいには置くんですけど、「私は何のためにこれをやっているんだっけ? 本質を思い出せ!」って自分に問いかけます。
そうすると、たとえばコンサートが和やかな雰囲気で終わることが大事なときに、小さなミスにピリピリするのはどうなんだろうと気づきます。

講習でも意識して受講者に言います。「この5点が取れれば100点だったのにと思うのはやめましょう。加点式にして、コンサートが無事終わったら100点、今日自分はお客さんに笑顔をいっぱい出せたと思ったら150点。天井知らずにプラスを足していきましょう」と。

完璧なんてありえない。人間は失敗するものです。それに気づくまでに50数年かかりました。
自分らしさを大事にするためには、完璧主義をやめ、人と比べないことだと思います。

3 未来を生きる子どもたちへ

子どもは進化している人類。自分なりの価値観を見つけよう

――これからの子どもたちへ、生き抜く力を与えるメッセージをお願いします。

門田 今の子どもって私たちより50年くらい後に生まれている、つまり“50年進化している人類”だと私は思っています。

まだこの世の中に出てきて短いから未熟なところがあるだけで、進化した人類だから、「今の大人が価値があるとかすばらしいと言っていることを、そのままうのみにしちゃいけないよ」と、周りの子どもたちに話しています。「自分であなたたちの価値観を見つけなさい」と。
けんかをしろということでなくて、「親や周りの大人の言うことが唯一の正しい価値観だと思うのはやめなさい」ということなんです。

みんな自分の家庭しか知らないから、それが普通だと思ってしまいますよね。そこからいつかどこかで脱却できるヒントを周りの人が与えてあげた方がいいと思っています。

取材を終えて
驚きのクレーム対応

 門田さんが対応したクレームで、「なんで演奏中に俺の前に客を通したんだ、不愉快だった」と、演奏会が終わった夜9時から11時まで叱られたことがあったそうです。
 つらかっただろうなと同情していると、「そういうとき『なんでそこまで怒るんだろう?』『あのとき私がどうしたら、あの人は怒らずに気持ちよく帰れたんだろう?』と、私は興味を持っちゃうんですね。ロールプレーイングゲームをやっているような感覚なんです。出てくる人は魔法使いで、助けてくれる人は仙人で、そんな風にとらえているので、あまりつらくならないんです」と門田さんはにっこり。
 叱られてシュンとするのではなく、どうすればよかったのか考える。そうすればどんな経験も財産になることを、門田さんのこれまでが物語っています。

取材日:2021年5月27日
綿貫和美