「一人一人がかけがえのない大切な存在」と伝えたい(教授 前徳明子)

 子どものころ大好きだった絵本。大人になっても特別な存在ですよね。心を豊かにしてくれる絵本への関心を、若い世代にもってもらうため、「認定絵本士」養成制度が2019年から始まっています。養成に携わる前徳明子さんに、絵本と子どもの成長のこと、紙芝居のことなどを、自身の経験も踏まえて聞きました。(彩ニュース編集部) 

 泣き虫だった幼稚園時代。もう泣かないと決めて小学校へ 
 幼稚園の先生としてやりがいのある毎日 
 幼稚園がサービス業化? 保護者の変化にぼう然 
 絵本をもっと研究したい 
 紙芝居の奥深さに感動 
 紙芝居を創作 伝えたいのは「みんな違ってみんないい」 
 絵本と紙芝居の違いは? 
 みんな一人一人が本当にかけがえのない存在 
 違う方向から自分を客観視する
・ 認定絵本士を育てる 

Profile 前徳明子(まえとく あきこ) 
埼玉東萌短期大学幼児保育学科教授、保育者支援・地域貢献センター長、附属図書館長 
幼稚園教諭として働きながら結婚、出産後、幼稚園教諭を辞めて大学に編入。大学院まで進み、児童学を学ぶ。
その後、小学校で妊娠代替教員を経験し、東萌保育専門学校で常任講師に。現在、埼玉東萌短期大学の教授として保育士や幼稚園教諭を育てている。紙芝居サークルの顧問となり、学生とイベントに参加し紙芝居を演じたり、公開講座の講師を務めたり、地域のラジオにも出演し絵本の魅力を発信。同短大に認定絵本士の講座が開設できるよう努めたこと、学生の地域貢献活動を広げてきたことなどが評価され、「2023年度優秀教員」として7月に表彰も。 
童心社2017年度定期刊行紙しばい年少向けおひさまこんにちは創作紙芝居『くらべっこ くらべっこ』刊行。2020年5月、絵本専門士の資格を取得。さいたま紙芝居研究会理事、紙芝居の輪会長、紙芝居文化の会会員。

Profile 前徳明子(まえとく あきこ) 
埼玉東萌短期大学幼児保育学科教授、保育者支援・地域貢献センター長、附属図書館長 
幼稚園教諭として働きながら結婚、出産後、幼稚園教諭を辞めて大学に編入。大学院まで進み、児童学を学ぶ。
その後、小学校で妊娠代替教員を経験し、東萌保育専門学校で常任講師に。現在、埼玉東萌短期大学の教授として保育士や幼稚園教諭を育てている。紙芝居サークルの顧問となり、学生とイベントに参加し紙芝居を演じたり、公開講座の講師を務めたり、地域のラジオにも出演し絵本の魅力を発信。同短大に認定絵本士の講座が開設できるよう努めたこと、学生の地域貢献活動を広げてきたことなどが評価され、「2023年度優秀教員」として7月に表彰も。 
童心社2017年度定期刊行紙しばい年少向けおひさまこんにちは創作紙芝居『くらべっこ くらべっこ』刊行。2020年5月、絵本専門士の資格を取得。さいたま紙芝居研究会理事、紙芝居の輪会長、紙芝居文化の会会員。

1 今のこと

泣き虫だった幼稚園時代。もう泣かないと決めて小学校へ 

―― どんな子どもだったのですか? 

前徳 体が弱く、幼稚園生のときは母から離れたくなくて、いつも泣いている子でした。 
小学校に入る前に、同じ市内ですが引っ越しました。そのとき、なぜかは分からないのですが、「私が泣き虫だと知っている人はいないから、もう泣かない」って決めたんですね。 

――精神面が成長してきたということでしょうか? 

前徳 そうですね。私、体が弱かったし、二人姉妹の妹だったので、すべてにおいて100%守られていました。それに甘えていたけれど、小学校に入ったら変わろうと、たぶん小さいなりに考えたのだと思います。 

――100%守られているという安心感は、幼い前徳さんにどんな影響を与えたと思いますか? 

前徳 人が好きになりましたね。だれに対しても壁をつくらない子になりました。「自分の周りにいる人はみんないい人」という感覚で大人になった感じです。 

幼稚園の先生としてやりがいのある毎日 

――小さいころは何になりたかったのですか? 

前徳 歌うこととアグネス・チャンが好きで、アイドルにあこがれていました。
一方で、やさしくて、そばにいてくれると心から安心できた幼稚園年少組のときの先生が大好きで、幼稚園の先生もいいなと思っていました。 

――そして短大を卒業して幼稚園の先生になるのですね。 

前徳 はい。20歳のときです。 

幼稚園の先生って子どもたちのアイドルなんです。毎日「先生大好き」と言ってもらえるし、歌も歌うし、アイドルの夢もかなっちゃいました(笑)。 

本当にやりがいのある日々で、日曜の夜は月曜が楽しみで、「明日子どもたちと何の話をしようかな」「何をして遊ぼうかな」と、早く子どもたちに会いたくてウキウキしていました。 

幼稚園では「今日先生とお話ししなかった」という悲しい子が出ないように、常にタイミングを見つけて全員に声をかけるようにしていました。それぞれの子が抱えている家庭の問題は、私にはどうすることもできない部分もあるから、せめて幼稚園にいる間は、その子にとってその日一番楽しい時間にしようと思っていました。 

幼稚園の先生をしていたころの前徳さん 

幼稚園がサービス業化? 保護者の変化にぼう然 

――そんなにやりがいのあった幼稚園の先生から、道を変えたいきさつを教えてください。 

前徳 27歳のとき出産・育児休暇をもらい、幼稚園に復帰したとき、「何が起きたの?」と浦島太郎状態になってしまいました。保護者の雰囲気がすごく変わってしまったんです。 
出産前は良識的な感じでしたが、育休から復帰したとき、幼稚園がサービス業化しているような雰囲気を、一部の保護者から感じるようになっていたんです。信じられませんでした。 

「この状況の変化を、だれに相談すればいいんだろう?」。自分の中では相当な危機感がありました。 
世の中は変化しているのだから、これまで自分が学んできたことだけでは確実に足りなくなっている、と気づきました。 

「答えなんてないのかもしれないけど、自分がこれから先生として子どもたちと向き合っていくには、このままではだめだ。学び直さなければ」と思い、幼稚園を辞めて大学(夜間部)に編入しました。 
日中は家で子どもの世話をして、夜間は母に来てもらい、私は大学へ行くという生活に変わりました。 

幼稚園の先生を経験していたので、大学では、教授たちの話がすごくよく理解できました。どの授業でも、私がこの大学に来た理由を聞かれ、「私が産後、保育現場に戻ったとき、浦島太郎状態になったのはなぜだったのか、それを知りたくて来ました」とこたえていました。 
授業を受けていく中で、世の中が変化していくことで保育の世界も変わっていったという話を聞いて納得したり、それまで疑問に思っていたことが解決していくなど、いろいろな気づきや人との出会いがありました。 

絵本をもっと研究したい 

前徳 小さいころから絵本がすごく好きだったので、大学では絵本のことをもっと知りたいと思い、絵本を研究する先生のゼミに入れていただきました。 
大学で2年間、さらに絵本の研究を深めたいと大学院でも2年間学びました。 

――本当に絵本が好きだったのですね。 

前徳 特にエリック・カールの作品が好きでした。『はらぺこあおむし』(偕成社)の絵本作家です。絵から感じる力がすごいんです。 

――絵本って絵もすごく大事なんですね?

前徳 すっごく大事なんです! 
だから私は絵によるイメージの差を研究しようと、カラーの絵とモノクロの絵でどれくらい人に与える影響が変わるのかを、まずは比較研究しました。 

――絵本はどんな力を持っていますか? 

前徳 私が一番感じるのは、「絵本は子どもの心を豊かにする」ということです。 
膝の上とかに乗せてもらいながら母親や家族に読み聞かせをしてもらうことで、内容は分からなくても、読んでくれている声や肌のあたたかさから、安心感や幸福感を得られます。そこに絵本のすごい力があると思います。 

乳幼児期は、「この世の中は自分がいて安心なところ、しあわせなところなんだ」と思って成長する、大事な時期と言われているんです。 
だから、お父さんお母さんは仕事などで忙しいと思いますが、たとえば子どもが夜寝る前など、少しの時間でいいので、子どもに絵本を読んであげてほしいと思います。 

――目には見えないけど、子どもの心の成長に大切なんですね。話は戻りますが、大学院卒業後はどうしたのですか? 

前徳 小学校で妊娠代替教員になりました。以前から、卒園した子どもたちは、小学生になってどう成長していくのか、すごく興味があったからです。 

そんな中、修士論文を書くときにお世話になった先生と事務長のお二人からそれぞれ、「そろそろ幼稚園の先生を育ててみたら」と言われ、「ぜひやってみたい」と強く思うようになりました。そこで東萌保育専門学校の専任講師となりました。34歳のときです。その8年後、専門学校は埼玉東萌短期大学に変わり、今、教授として学生と向き合う毎日を送っています。 

インタビューにこたえる前徳さん 

紙芝居の奥深さに感動

――前徳さんは紙芝居作家という一面も持っています。どういういきさつでなったのですか? 

前徳 短大で教えるようになってから、仕事上で悩んだときがありました。私は自分が正しいと思うことを上司に主張しました。でも別の人から違う意見が出てきました。私は、「私の目の前で起きていることを言っているのだから、絶対に私が正しい」と言い切りました。すると上司は『太陽はどこからでるの』(チョン・ヒエウ脚本・絵/童心社)という紙芝居を私に演じてくれたんです。 

その紙芝居では、「太陽はどこから出てくるの?」という問いに、カニは「海から」、シカは「山から」、サルは「木の上から」と答えます。そして「ぼくはいつもちゃんと見ている」と、それぞれが言い合うんです。 
「だれが正しいの?」となって、最終的に、朝一番早く起きるニワトリに聞きに行くんですね。ニワトリは「太陽は東から出てくるんだよ」と教えてくれ、「そうか。太陽が出てきた海も山も木の上もみんな東だったんだ」とみんな納得するというお話です。 

カニもシカもサルも、自分のいるところから見たらそう見える。みんな間違っていない――。 
「あっ、そういうことなのか」と気づかされました。それぞれの立場で、見えるものがこんなに変わるのだ、と。 
そして、物語の世界が目の前に広がっていく紙芝居の奥深さに感動しました。 

紙芝居を創作 伝えたいのは「みんな違ってみんないい」 

前徳 私は紙芝居について学ぶため、上司に「紙芝居文化の会」(事務局=東京都三鷹市)を紹介してもらい、創作講座に参加しました。 
講座では自分の紙芝居を創作します。題材を考えたときイモ掘りが浮かびました。幼稚園の先生をしていたとき、一番印象に残っている行事でした。 

大きなおイモ、長いおイモを「先生とれた!」と見せてくれる子どもたちも、もちろん印象に残っているんですけど、忘れられないのは、すごく小さいおイモをとても大事そうに持って帰った子のこと。その子はその晩、一緒に布団で寝て、次の日また幼稚園バックに入れて持ってきていました。 

そんなことを思い出しながら紙芝居を創りました。毎回参加者たちと意見を出し合いながら完成させていきます。「自分が普段考えていることや、正しいと思っていることって、こういうことだったんだ」と振り返り、ほかの人たちの考え方を学ぶこともでき、貴重な時間となりました。 

そうしてできあがったのが、おイモの『くらべっこ くらべっこ』です。 
「一番大きいのどれ?」「一番長いのどれ?」と“くらべっこ”していき、最後に「一番小さいのどれ?」。 
それぞれみんな一番になれるよ、いいところがあるんだよ、一人一人がかけがえのない存在なんだよ、と最後に伝えて終わる紙芝居をつくったんです。伝えたかったのは「みんな違ってみんないい」ということです。 

この『くらべっこ くらべっこ』(まえとくあきこ脚本・絵)は2017年に童心社から発行していただきました。 

前徳さんの作品『くらべっこ くらべっこ』(まえとくあきこ脚本・絵/童心社)と、紙芝居を演じるときに使われる紙芝居舞台。普段は閉じていて、右、左、上の扉を開くと“舞台”ができあがります 

絵本と紙芝居の違いは? 

――さきほど「紙芝居を演じる」と表現していましたが、「演じる」ってどういうことですか? 紙芝居と絵本に大きな違いはありますか? 

前徳 絵本は「読み聞かせ」とか「読み語り」といいますが、紙芝居は「演じる」といいます。紙芝居は“演じ手”と“観客”がいるんですね。 

絵本作家・紙芝居作家まついのりこ先生は、「三面開きの舞台(四角い箱)の中が紙芝居の世界で、紙を抜くと、次の場面(作品の世界)が見ている人たちのほう(現実の空間)に出ていき、広がる。だから紙芝居により共感の感性が育まれる」と言います(※1)。 

絵本は絵が細かく描かれていて、文章だけでなく絵にも一つ一つ意味があります。まついのりこ先生は「本の中に読者が入っていき、自分という個の存在で作品世界を自分のものにしていく。そのよろこびによって、個の感性が育まれていく」と言っています(※2)。 

※1・2どちらも「紙芝居百科」企画製作 紙芝居文化の会/童心社より 

――物語の世界に入り込んでいくのが絵本で、物語の世界が舞台の中から飛び出してくるのが紙芝居なのですね。演じ手によっても変わりますか? 

前徳 そうですね。演じ手の人生によって、と言ったら大げさかもしれませんが、観客への伝わり方や伝わる内容も変わると思います。
紙芝居は日本生まれなんですよ。今や日本の児童文化財として世界へと広がっています。

――今後はどのようにしていきたいと考えていますか? 

前徳 いろんな人に出会って絵本や紙芝居の活動をつなぎ、広げていければと思っています。いろんなことに感謝しながらワクワクドキドキする楽しいことを今後も見つけていきたいです。 

2 あなたらしくあるために大切なこと

みんな一人一人が本当にかけがえのない存在 

――一人ひとりが自分らしく生きていくために何を大切にしたら良いでしょうか? 

前徳 自分を大切にすることではないでしょうか。自分を大切にできないと、人を大切にするのは難しいと思います。 
育ってくる環境で「あなたは大切な存在なんだよ」と言われてこなかった子もいます。だからこそ保育者になる人たちは、子どもたちにそう伝えてほしいのです。 
「私、大事な存在なんだ」と思えることで、その子はすごいパワーが出ると思うし、自分に自信がもてる。そのパワーで人を幸せにできると思うのです。 

幼稚園の先生になるにあたって、もし学生自身がそう感じていないなら、まず「自分は大切な存在なんだ」ということを知ってほしいな。 
私の紙芝居で伝えたかった「みんな違ってみんないい」というテーマは、「みんな一人ひとりが本当にかけがえのない存在で、大事なんだよ」ということなんです。 

3 未来を生きる子どもたちへ

違う方向から自分を客観視する 

――次の世代の子どもたちが生き抜いていくために、どんな力や考え方を持ったら良いと思いますか? 

前徳 今の学生たち、たとえば教育実習で、実習先の先生から注意を受けたときに、自分が全否定されたような気持ちになってしまう子が少なくないんです。「もうやめたい」と。 
私は「それはあなたの実習生としての部分に対して言われているだけで、あなたのすべてを否定しているわけではないよ」と説明します。 

私が紙芝居『太陽はどこからでるの』で気づかされたように、その人の立場で物事の見え方は変わってくるんですよね。違う方向から自分を客観的にみる目が必要ですね。 
そうすれば全否定されたと思わず、自分のこういう点にアドバイスしてくれたんだと気づけると思います。 
“客観視”が必要だと思います。 

取材中、紙芝居を私たちに演じてくださった前徳さん。あたたかな人柄が伝わってきました。「学生たちからとても慕われている」という学長の言葉に納得 

取材を終えて
認定絵本士を育てる 

前徳さんは埼玉東萌短期大学で「認定絵本士」の育成にも携わっています。認定絵本士の養成制度は、絵本専門士委員会()が大学、短期大学、専門学校等と連携し、開設しているものです。

※事務局=独立行政法人国立青少年教育振興機構

「先に、絵本のプロとして絵本のすばらしさを広める“絵本専門士”という資格ができました。さらに絵本を広めていくには若い人たちの力も必要ということで、学生たちが取得できる認定絵本士という資格ができたんですよ」と前徳さん。 

同短期大学で養成講座が始まって今、3年目。1年目は28名の認定絵本士が誕生し、2年目が41名。今52名が学んでいます。年々人気が高まっているのが分かります。 

思えば娘が幼いころ、絵本『スイミー』(レオ=レオニ作/谷川俊太郎訳/好学社)を読んで感動していました。物語が娘の心のやわらかいところに何かを残してくれたように感じました。 
そうした経験の積み重ねが、子どもの内面をどれだけ豊かにしてくれることでしょう。 認定絵本士、絵本専門士がどんどん増えて、多くの子どもたちが良い作品に接する機会を増やしてほしいと心から思います。 

取材日:2023年6月12日 
綿貫和美