デジタル社会において誰一人取り残さない(ITコーディネーター 小林玲子)  

ドイツで周りの生徒についていくため、涙をこらえて必死で勉強した少女が、ひょんなことからパソコンに夢中になり、パソコンの楽しみ方を教える人気講師になりました。その活躍は講師にとどまることなく、ITコーディネーターとして企業のデジタル化推進や、女性が自らの人生を豊かにするための働きかけへと広がっています。「ITは人生を豊かにしてくれるツール」と話す小林玲子さんをご紹介します。(彩ニュース編集部)

Profile 小林玲子(こばやし れいこ)
職業:ITコーディネーター、IT研修講師、ビジネス効率化・IT化アドバイザー。Mdm Antoinette(マダムアントワネット)代表
 父親の海外転勤に帯同し、ヨーロッパで5年間現地校に通う。帰国後、大学在学中にNHK教育テレビの語学講座に出演。他の番組にも通訳として出演経験あり。卒業後は銀行を経て外資系証券会社東京支店に転職、外国人支店長付き秘書として就業。その後8年間を海外で過ごし、現地でITインストラクター、WEB制作者として活動開始。帰国後もITインストラクターとして指導するほか、企業研修を通して社内ITリテラシーや生産性の向上にも寄与。受講生に寄り添ったわかりやすい指導は高評価で、元大臣に教えた経験も。近年、経済産業省推奨のITコーディネーター認定を受け、地元商工会議所や中小企業デジタル化応援隊、中小企業119のIT専門家として、デジタルやDX(※)推進分野の中小企業のアドバイザー的役割を担う。また現在経営学修士課程で、イノベーションやDX関連分野を専門的に学んでいる。2021年11月さいたま市公民館推進審議委員会(DX推進)委員。著書にインプレス R&D社「年間延べ3000人を教えるITインストラクターによるシニアのためのWordの楽しみ方」。宝島社「スマホがあればここまでできる 世界一カンタンな画像・動画編集入門」監修。

Profile 小林玲子(こばやし れいこ)
職業:ITコーディネーター、IT研修講師、ビジネス効率化・IT化アドバイザー。Mdm Antoinette(マダムアントワネット)代表
 父親の海外転勤に帯同し、ヨーロッパで5年間現地校に通う。帰国後、大学在学中にNHK教育テレビの語学講座に出演。他の番組にも通訳として出演経験あり。卒業後は銀行を経て外資系証券会社東京支店に転職、外国人支店長付き秘書として就業。その後8年間を海外で過ごし、現地でITインストラクター、WEB制作者として活動開始。帰国後もITインストラクターとして指導するほか、企業研修を通して社内ITリテラシーや生産性の向上にも寄与。受講生に寄り添ったわかりやすい指導は高評価で、元大臣に教えた経験も。近年、経済産業省推奨のITコーディネーター認定を受け、地元商工会議所や中小企業デジタル化応援隊、中小企業119のIT専門家として、デジタルやDX(※)推進分野の中小企業のアドバイザー的役割を担う。また現在経営学修士課程で、イノベーションやDX関連分野を専門的に学んでいる。2021年11月さいたま市公民館推進審議委員会(DX推進)委員。著書にインプレス R&D社「年間延べ3000人を教えるITインストラクターによるシニアのためのWordの楽しみ方」。宝島社「スマホがあればここまでできる 世界一カンタンな画像・動画編集入門」監修。

※DX=デジタルトランスフォーメーション。デジタル技術の活用によって、人々の生活や働き方をより良い方向に導くこと。

※DX=デジタルトランスフォーメーション。デジタル技術の活用によって、人々の生活や働き方をより良い方向に導くこと。

・初めてのドイツ語。課せられたのは「半年間で同級生と同じレベルの成績」
・落第せずに乗り越えられたことが自信に
・ひょんなことからITインストラクターに
・「デジタル社会において誰一人取り残さない」
・女性には自分の手で人生を豊かにしてほしい
・ITを使って道を切り開いていってほしい
・社会はどう変わるか分からないから、自分の好きなものを極めよう
・与えられた環境の中で精一杯やる

1 今の仕事のこと

初めてのドイツ語。課せられたのは「半年間で同級生と同じレベルの成績」

――これまでについて教えてください。

小林 中学3年生の4月、父の転勤で西ドイツ(現ドイツ)に渡り、日本人学校に入りました。
年が明ければ日本では高校受験シーズンです。同級生は私以外みんな日本に帰りました。私も帰りたかったのですが、親の希望でドイツに残ることになりました。

私はドイツ語が全く分かりませんでした。にもかかわらず、進学した現地の学校から「半年間で、ドイツの子どもたちと同じレベルの成績をとって、普通に進学できるようになりなさい」と言われ、目の前が真っ黒になりました。

なぜなら、それはドイツの国語である「ドイツ語の授業」で、日本の古文にあたるようなゲーテやシラーをドイツ語で読んで理解しなければいけないことを意味していたからです。

毎日帰宅すると、ドイツ語、フランス語、物理など家庭教師が入れ代わり立ち代わりやって来て、半年で周囲のドイツ人の学力に追いつくために必死で勉強しました。

――ドイツ語を理解できるようになって試験を受けて、同等レベルの成績をとるということですか? 厳しいですね。

小林 進学できなければ「落第」です。
ドイツを含めヨーロッパ諸国では、落第は悪いことではありません。「無理して自分の年齢にあった学年にいるよりも、自分の学力にあったクラスにいる方がしあわせ」というのがあちらの考え方なんです。クラスの半数以上が落第経験者でした。

「でも日本では、落第はその後の人生に影響を与えてしまう。落第してはいけない」と子どもながらに思っていました。
だんだん期限の半年が近づいてきて、余計なことを考える暇もないほど必死に勉強しました。ふとしたときに涙がツーっと流れてきちゃうくらいでした。

――それくらい張りつめていたんですね。

小林 なんとか落第だけは逃れ、向こうの12年生、日本でいう高校3年生が終わって日本に戻り、日本の大学に入学しました。

落第せずに乗り越えられたことが自信に

――ドイツでの経験はその後にどんな影響を与えましたか?

小林 ドイツで落第せずに乗り越えられたことが、今の私の自信につながっていると思います。
あのときのつらさや苦しさを思えばなんでもできる、と前向きに考えるようになりました。

大学卒業後は銀行に就職し、そのあとドイツの証券会社で秘書として働くなど、ドイツ語が話せることで社会に出てから重宝されました。必要とされていると思うと、やる気や生きがいにつながりました。

ひょんなことからITインストラクターに

――そのままドイツ語を生かす生き方もあったと思いますが、ITの方向に進んだいきさつを教えてください。

小林 1993年に結婚し、子育てをしているときに主人がシンガポールに転勤となりました。
ちょうどそのころ「e-mail」や「インターネット」という言葉が日本でも聞かれるようになりました。それって何だろうと調べたら、e-mailを使えば高い国際電話料金を払わなくても家族や友達と連絡をとれることに気づいたんですね。

日本にいる間にそのやり方を身に付けようとパソコンでいろいろやっていたら、そのおもしろさにはまっていきました。

シンガポールでもパソコンを勉強したいと思いました。現地の日本人会がパソコン教室を開いていたので申し込むと、レベルをテストされ、「あなたは教える側」と言われました。
そこからITインストラクターとしての人生が始まりました。

――おもしろくて独学でやっているうちに、教えるレベルにまで達していたのですね。

小林 極めたかったんです。パソコンがすごく好きになっていました。

主人の赴任期間が終わって2009年に帰国。日本でもパソコン教室の講師をしたいと思いました。そんなときたまたまポストに埼玉県県民活動総合センター(生涯学習施設。以下「けんかつ」)のチラシが入っていたんです。見ると「パソコン講師養成講座」がありました。

受講すると、また「あなたは教える側です」とお声がかかったんです。
けんかつの公認講師となり、おかげさまで今ではメイン講師として、埼玉県のみならず他県からも講師を依頼されるようになり、アンケートには「次も小林玲子先生でお願いします」と書いていただけるようになりました。

――どんな講座を心がけているのですか?

小林 「パソコン教室ではできるけど家に帰るとできない」というのが受講生から聞こえてきて、それなら、もっと楽しくて発見や喜びがある講座を考えようと思いました。

たとえばWordの機能の「図形」と「塗りつぶし」を組み合わせると、こんなすてきな立体クリスマスカードができるんだよとか、エクセルで簡単な「百ます計算ゲーム」「脳トレゲーム」を作る講座などを企画しました。

講座で作成した一例。①立体的なボックスクリスマスカード、②Wordで作るのし袋、③Wordで作るポップアップカード

――そうした流れの中で、『年間3000人を教えるITインストラクターによる シニアのためのWordの楽しみ方』を出されたたり、ガイド本『スマホがあればここまでできる! 世界一カンタンな画像・動画編集入門』の監修を担当されたのですね。目の前の方たちのために一生懸命考えて動くと、また次の扉が開くという感じですね。

小林 そうですね。あまり人生に逆らわないようにしています。与えられたものを、与えられた環境の中で精一杯やるということですね。

作り貯めた講座テキストの中から人気のある内容を1冊に集約した『年間3000人を教えるITインストラクターによる シニアのためのWordの楽しみ方』(2021年インプレスR&D)=左=と、『スマホがあればここまでできる! 世界一カンタンな画像・動画編集入門』(2021年宝島社)

「デジタル社会において誰一人取り残さない」

――小林さんのライフワークのテーマは「デジタル社会において誰一人取り残さない」ですよね

小林 そうなんです。日本は先進国なのに、ITに関して弱いですね。でも、時代はどんどん進み、無人の車が走るとか、ドローンが物を配達してくるとか、今はまだ信じられないような未来世界があと数年で実現することが分かっています。
セキュリティーについて正しく理解したうえで、せっかくこんな便利なものがあるのだから、ITを受け入れて楽しもうよと言いたいですね。それは個人だけでなく、経営者にも言いたいことなんです。

――どういうことですか?

小林 ここからはITコーディネーターとしての話です。
今、中小企業のデジタル化やDX推進のアドバイザー的な仕事などもしていますが、ITの活用が遅れていると非常に感じています。

だれにも与えられた時間は24時間しかない。その中でいかにうまく時間を使って自分のやりたいことをやるか。その積み重ねで、豊かな人生になるか、仕事に追われるばかりの人生になるかはその人次第です。

ITを使えば生産性の効率化が図れ、時間の余白を生み出せます。
その空いた時間を、経営者として意思決定など本来やるべき業務に回し、ご自身の事業を豊かにしていただきたいと思います。

なので実は今、大学院に通っていまして、MBA(経営学修士号)取得を目指して経営学を学んでいます。
経営を学び、どのようにITを取り入れれば経営者をより良くサポートできるのか、ニーズを見極めたいと思っています。

女性には自分の手で人生を豊かにしてほしい。IT面から手伝いたい

「女性には、だれかに付随する人生ではなく、自分の人生を考えてほしい」と小林さん

――小林さんは、家庭の都合で自身のキャリアをあきらめざるを得なかった女性を盛り上げたいと「デジタルで未来を拓(ひら)く」「あなたらしく輝く人生の実現」をミッションにかかげていらっしゃいますね。

小林 5年前、娘が大学を卒業し、親としての役目がひと段落したので、それまで子育てにかけてきた時間を真剣に自分の仕事にシフトさせてきました。また一方で、それまで一生懸命走ってきましたが、少し余裕が出てきたのか、自分を振り返る機会が多くなりました。

そのころから、私と同じ境遇の女性——自分の意志に反して「女性は家庭にいるべき」という古い考え方に従ってきた女性——に対して、「輝いてほしい」となおさら強く思うようになったんです。

結婚、出産、子どもの受験、転勤など家庭の事情で自分のキャリアをあきらめざるを得なかった女性が、私たちの世代にはいっぱいいます。社会から遮断されたみたいでさみしいという思いを抱えています。

そんな人たちに「私たちが若いころにはできなかったけど、今ならできるよ」と言ってあげたいですね。たとえば毎日やってきた掃除、洗濯、料理や趣味で身につけたものなど、自分のスキルをサービスとして売ることもできる時代になっています。

でもそこにはITが必要です。どうやったらいいか分からないからと泣き寝入りをしてほしくないんです。
女性が自分の手で人生を豊かにしていけるよう、ITを使って力になりたいと思っています。

だから、できれば今後、だれもが簡単にITの世界に入れるような、ハードルを低くしたプラットフォームを作りたいんです。ITという道具を上手に使い、ご自身や会社が成長していったらいいなと思っています。

2 あなたらしくあるために大切なこと

ITを使って道を切り開いていってほしい

――自分らしく働くために何を重視したら良いとお考えですか?

小林 一人一人生まれ持った良さが絶対にあると思うので、それを大切にして、そのうえで仕事をしたいというのであれば、自分を見つめ直して、自分のできることを探していく。勇気をもって一歩を踏み出すということですかね。そしてぜひITを使って道を切り開いていただきたいなと思います。女性の社会進出がもっと進み、女性の視点も加わっていろんなことが決められる世の中になってほしいと思います。

3 未来を生きる子どもたちへ

社会はどう変わるか分からないから、自分の好きなものを極めよう

――次の世代の子どもたちに生き抜く力を伝えるメッセージをお願いします。

小林 以前はゲームをしていると怒られましたけど、今ゲームは「Eスポーツ」といわれ、それで稼ぐこともできる世の中になりました。そんな風に社会は変化していくので、今後どのように変わるかなんて誰にも分かりません。

だから、自分の好きなものを見つけて、それで身が立てられるくらいに極めて、道を切り開いていってほしいですね。そして、身に付けた知見や経験をもって、日本が抱える社会問題の解決に積極的に取り組んでくれるような大人になってほしいです。

取材を終えて
与えられた環境の中で精一杯やる

 何事にもものおじせず、積極的に生き生きと取り組んでいく小林さん。「女性は家庭にいるべき」という古い考え方にしたがい、ご自身のドイツ語を生かしたキャリアをあきらめていたとは思いもしませんでした。
 しかし小林さんがすごいのは、まったく畑違いの、デジタル社会を推進する生き方へとみごとに転身していることです。
 それは「与えられた環境の中で精一杯やる」という生き方を貫いているからこそ、成し得たことなのだと思います。

取材日:2021年12月15日
綿貫和美