40代で脱サラし就農。農地も農機具もないところから農業をはじめ、今や青果店として野菜や加工品の販売まで行っている「遊佐(ゆさ)農場」。代表の遊佐謙司さんは、農薬や化学肥料を使わない有機農法で、越谷地域に伝わる固定種を中心に栽培。種から育て、収穫した作物から種を採り、また種をまいて育てる循環農業を目指しています。
<遊佐さんの働く意識>
● チャレンジへのアプローチ
・将来何をやりたいかは、悩みながらいろいろやってみてわかるもの。
・好きなこと、興味あることは続ける。思いを持ち続ける。(漠然とでもOK)
・アンテナをはっておくと、きっかけや出会いがある(気づくことができる)。
● はじめの一歩を踏み出すには
・やりたいと感じた思いを大事にする。やるにはどうしたらいいのか考える、調べる。
・準備期間を設け、仕事と並行しながら進める。
● 仕事を続けていくには
・好きなことと、生業として稼ぐことは違うと覚悟する。
・自分らしいスタイル、性に合うスタイルを見つけるまでいろいろやってみる。
・ひとりじゃできない。人とのつながりを大事にする。
脱サラして就農。やる気と不安のはざまで必死の日々
昔から農業に興味があり、好きだったという遊佐さん。マンション住まいのころからプランターで花や野菜を育てたり、市民農園で畑を借りたりしながら、「畑を仕事にしたいな」と漠然と考えていたとか。
就農を本格的に考え始めたのは40代前半。早期退職の募集をきっかけに、農業を仕事にできないかと考え、どうしたら農業で稼いでいけるのか調べたりしたといいます。就農を本気で決意したのは転職して4年目。その後2年間は仕事を続けつつ就農準備に充てたそうです。
「いざやろうとなったときは正直怖かったです。農業で家族を養えるのかという不安とか。やりたい気持ちと怖さが入り交じっていました」
就農1年目は毎週、小川町に通い、師匠と呼ぶ横田茂さん(横田農場)に有機農業を教わったそう。「広めの畑を借りて教わったことを実践しながら、自分の農地探しや農業機械を購入するなど、とても忙しかったです。お金はどんどん減っていくのに、無休、無収入。必死ですよね。夢中で働きました。1年目はあっという間でした」
農家をしながら店を持つ。これが自分らしいスタイル
農家として作物を育てながら店の運営もしている遊佐さん。栽培した作物をどうやってお金にしていったらいいのか、自分に合ったスタイルがわかるまで悩みながらいろいろとやってみたといいます。
「卸しは売れた分しかお金にならない。会社員の感覚では買い取りが普通だと思っていたので驚きました。そこで自分でやらなきゃと思いました。マルシェなどに出店すると、自分で反応を感じることができるので納得がいくし、楽しいです。直接お客さんとやりとりする方が性に合うとわかりました」
種をまいて、育て、収穫したものを袋詰めして売る。職人として自分の力でお金がもらえるという実感は大きいといいます。「自分の思うようにやってみて、ダイレクトに成果が出るのもおもしろい」と語ってくれました。
同店では、野菜栽培や収穫体験のほか、みそ作り教室など、さまざまな体験も開催しています。
みそ作りでは有機栽培の大豆やこうじを使用。素材の良さだけでなく、他の参加者と楽しみながら作れると、毎回参加する常連客もいるそう。
※みそ作り体験は3月17日までの期間、毎週木・日曜14時から開催(要予約)
自分の力でお金を稼ぐ実感
今は栽培したものを無駄にすることなく、おいしく食べてもらうために、加工品に力を入れているという遊佐さん。加工品づくりではレストランのシェフや製麺所など、さまざまな人たちと一緒にものづくりをしているそうです。そこには農家仲間や製造パートナーを紹介してくれる人などのつながりもあります。
「一緒に仕事をするときは、自分も作物の生産にしっかりと責任を持つ。そして紹介してくれた人とも大事に付き合う。だって、ひとりじゃできないからね」
遊佐さんは「“町の八百屋”としてここに定着していきたい」といいます。
「店があればおじいちゃんになってもできる。年をとって農業を引退しても、後輩や仲間が引き継いでくれて、越谷の農業も発展していける。そんな器になっていたい」と語ってくれました。
※はかり屋
日光街道沿いの宿場町として栄えてきた歴史を持つ越ヶ谷宿。宿場町の面影を残すべく、元商屋であった旧大野邸を複合施設として再生させたのが「はかり屋」です。「旧大野家住宅」として国の登録有形文化財にも登録されています。遊佐農場の他、アーティストやクリエイターのコンセプトショップ、レストラン、リラクゼーションスペースなどが出店、五感を刺激する上質なモノ・コトを提供しています。
取材を終えて
今回の取材では、「自分が将来何をやりたいかなんて20代、30代じゃわからないよ。みんな悩みながら、いろいろやってみて、ああ畑違いだったな、これかな、ってわかっていくんだよね」という話がありました。ただ、「農業というまったく違う分野に来たけど、今も会社員時代の経験は生きている。無駄なことはない」という遊佐さん。40代になり、その思いに共感した私は、悩み、もがきぬいた若い頃の自分に、今がんばっている若い人たちに、「それでいいんだよ」と伝えたい気持ちになりました。
取材日:2022年2月17日
小林聡美