正しい知識で自分を守る 性教育はいつか必ず役に立つ(産婦人科医 高橋幸子) 

TOP画像

 ネット社会の今、正しい情報も、正確ではない情報も、子どもたちにどんどん流れ込み、それは防ぎようがありません。だからこそ、正しい知識を先に与え、変な情報が入ってきたら、「変だな」と見抜けるようにしてあげたいものです。その一つが性に関すること。自分を守るために、きちんとした知識を子どものうちに――それは、国連教育科学文化機関(ユネスコ)が出した世界の性教育の指針「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」にも掲げられています。今回は、青少年の性教育に情熱を注ぐ「サッコ先生」こと産婦人科医・高橋幸子さんを取材。中学3年生への講演会「正しい知識があなたを守る いつか必ず役に立つ性教育講座」を聞いてから、取材に臨みました。(彩ニュース編集部) 

“ひとごと”ではなく“自分ごと”。子どもたちの意識を変えた性教育講座 
 「性感染症を防ぐための性教育をする医者になる!」 
 学校での性教育講演、活動開始 
 やりたいと思う気持ちを大切に 
 困ったら信頼できる相談相手につながろう 
 子どもへの性教育。親はできていますか? 

Profile画像

Profile 高橋幸子(たかはし さちこ) 
 産婦人科専門医、社会医学専門医。 
川越市立名細小学校、東邦大学付属東邦中学・高等学校、山形大学医学部医学科卒業。2001年から埼玉医科大学の総合医療センター産婦人科、地域医学医療センター、医学部社会医学を経て、現在、同大学医療人育成支援センター・地域医学推進センター助教。埼玉医科大学病院産婦人科・助教(思春期外来担当)、埼玉医科大学医学教育センターを兼担。非常勤医師・非常勤講師:日本家族計画協会クリニック、松田母子クリニック、女子栄養大学、十文字学園女子大学、埼玉県立大学。 学会:日本産婦人科学会、日本公衆衛生学会、日本思春期学会(理事)、日本性感染症学会、日本母性衛生学会、GID学会、日本女性医学会、性科学会。 埼玉県産婦人科医会:性教育委員会、性暴力等被害者支援推進委員会。 
『サッコ先生と!からだこころ研究所~小学生と考える「性ってなに?」』(リトルモア)、『マンガでわかる!28歳からのおとめのカラダ大全』(KADOKAWA)ほか著書、医療監修本多数。2022年11月22日に『はたらく細胞LADY 10代女性が知っておきたい「性」の新知識』(KCデラックス)発刊。 

Profile画像

 Profile 高橋幸子(たかはし さちこ) 
 産婦人科専門医、社会医学専門医。 
川越市立名細小学校、東邦大学付属東邦中学・高等学校、山形大学医学部医学科卒業。2001年から埼玉医科大学の総合医療センター産婦人科、地域医学医療センター、医学部社会医学を経て、現在、同大学医療人育成支援センター・地域医学推進センター助教。埼玉医科大学病院産婦人科・助教(思春期外来担当)、埼玉医科大学医学教育センターを兼担。 非常勤医師・非常勤講師:日本家族計画協会クリニック、松田母子クリニック、女子栄養大学、十文字学園女子大学、埼玉県立大学。 学会:日本産婦人科学会、日本公衆衛生学会、日本思春期学会(理事)、日本性感染症学会、日本母性衛生学会、GID学会、日本女性医学会、性科学会。 埼玉県産婦人科医会:性教育委員会、性暴力等被害者支援推進委員会。 
『サッコ先生と!からだこころ研究所~小学生と考える「性ってなに?」』(リトルモア)、『マンガでわかる!28歳からのおとめのカラダ大全』(KADOKAWA)ほか著書、医療監修本多数。2022年11月22日に『はたらく細胞LADY 10代女性が知っておきたい「性」の新知識』(KCデラックス)発刊。 

1 今の仕事のこと

“ひとごと”ではなく“自分ごと”。子どもたちの意識を変えた性教育講座 

――今日の性教育講座、とても興味深かったです。中でも、講演会の中盤で行った「性感染症広がるゲーム」が印象的でした。 

「性感染症広がるゲーム」とは? 

生徒全員が、半分まで水の入ったコップを持ち、2人組になります。片方のコップの水をもう片方のコップに全部入れ、半分返してもらう、という水の交換を、ペアを変えて5回行うゲーム。

終わったところでサッコ先生がゲームの目的を話します。「みなさんのコップにはただの水が入っていました。水は体液を、水の交換は性行為を表します。担任の先生のコップにだけ、病原菌を表す水酸化ナトリウムが入っていました。担任の先生と直接水を交換していなくても、間接的に病原菌を受け取っているかもしれません。今から検査をします。コップにこの液体を入れると、水酸化ナトリウムが入っていたら赤く反応します」

赤くならなかった人は43人中、たったの2人だけでした。 

赤く反応したコップの水

――赤く染まった自分の水を見て、子どもたちの顔つきがパッと変わりました。「性感染症ってひとごとだと思っていたけど、そうじゃない」と、生徒の中で知識が現実と結びついて、“自分ごと”になったのだと感じました。 

高橋(サッコ先生)  今、梅毒と言う性病(性感染症)がとても増えていると言われていますね。性感染症はすぐ近くまで迫っているんです。 
感染源はだれが持っているか分かりません。たとえば今付き合っている彼氏の元彼女の元彼という場合もあります。検査を受けないと自分が感染しているか分からないのもやっかいです。 
もしこのコップにふたがしてあったら、水の交換は起こりませんよね。このふたに相当するのがコンドームです。コンドームは性感染症の予防のためにしっかり使う。そして避妊のサポートにもなる、ということをしっかり覚えておいてほしいですね。 

――性に関することをタブー視するのではなく、そうやって明るく堂々と話すことでポジティブなものになり、自分ならどうするか考えるようになりますね。 

高橋  性教育って、実はライフスキル講座と言い換えることができるんですね。私は、生きていくために知っておいた方がいい知識やマナー、相手とのコミュニケーションなどを、産婦人科医の立場からお話ししています。 

「性感染症を防ぐための性教育をする医者になる !」 

――サッコ先生は産婦人科医として研究者として性教育に向き合い、全国の小中高校で性教育のお話をするほか、テレビや新聞、ラジオでも引っ張りだこですが、どうして性教育に取り組もうと思ったのですか? 産婦人科医になったいきさつも含めて教えてください。 

高橋  母が臨床検査技師だったので、私は病院の中の保育園に通ったりしていて、もともと病院は身近な存在でした。 
小学4年生のとき『キャンディ♡キャンディ』という少女漫画を読んで看護師に興味を持ち、そのうち医者になりたいと思うようになりました。 
母は、周りに医者を目指す友人がいる環境に私を置けば、「医者になりたい」という気持ちを保てるのではと考えたようで、私は千葉県の私立中学校に入学し、高校まで中高6年間寮生活をしました。そして1年間浪人して、山形大学医学部に入りました。 

医学部5年生のとき、産婦人科の実習で、不妊治療のための体外受精を見ていたんですね。性感染症の影響で卵管が詰まっちゃったとき、体外受精という選択肢があるんですけど、その治療は本当につらそうで、「そうまでして赤ちゃんがほしいものなんだ」と深く印象に残っていたんです。 

翌年、友人が山形まで遊びに来てくれました。彼女がボランティア活動で行った先で「性感染症にかかっている子が多くてびっくりした」と話してくれたとき、前年の不妊治療が思い浮かび、私の頭の中で突然、「たくさんの若者が性感染症にかかっている」ということと、「性感染症にかかると妊娠できなくなる場合がある」ということが、「少女たちの中で絶対につながっていない !」と気づいたんです。 
私自身も大学で学ぶまで性感染症と不妊症がつながっていませんでした。 

不妊症の理由の一つに性感染症がある。それって予防もできるし治療もできるのに、知識としてつながっていない。だから自分は性感染症を防ぐための性教育をする産婦人科医になろうって、このとき決めたんです。 

学校での性教育講演、活動開始 

高橋  2000年に大学を卒業し、川越の埼玉医科大学病院(以下「埼玉医大」)総合医療センターの研修医となり、3年目に大学病院(毛呂山)に異動になりました。 
性教育をやりたかったので、まずは5年間産婦人科のお医者さんをやって、現状が分かったうえで、公衆衛生学教室にうつり、予防教育・予防医学を研究しようと思っていましたが、5年目に出産。6年目には産婦人科専門医の試験があったので、産婦人科に復帰しました。 

――学校で性教育の講演をされるようになったのはいつからですか? 

高橋  7年目からです。この年、子どもの健康を守るための専門家派遣事業という国の取り組みがあり、埼玉医大に性教育の依頼が来ました。埼玉県内の公立の中学校2校と高校の計3校からでした。 

それまで私、ずっと「性教育をやりたいんです」と言い続けていたので、教授が「講師をやってみる?」と声をかけてくださいました。 

最初の年は3校でしたが、講演依頼をすべて受けて良いという条件で2013年から公衆衛生学教室に異動させてもらったこともあり、徐々に増え、昨年(2021年)は165件の性教育の講演をしました。 

中学3年生への講演で、性に関する知識を分かりやすい言葉で話すサッコ先生
中学3年生に、性に関する知識を分かりやすい言葉で話すサッコ先生。「いろんな情報が入ってきちゃう前に、正しい知識を与えて、変な情報を見抜けるようにしてあげてほしい。それを義務教育ですませてほしい」

――青少年の性教育に、なぜそんなに情熱を注げるのですか? 

高橋  なぜですかね。 
知らないっていうことが、どれだけ子どもたちから人生の選択肢を奪っていることか。「なんとかしなくっちゃ !」という思いが、心の底から湧き上がってきたんです。 

初めての講演では「性感染症と不妊症、妊娠や中絶」について話すだけでした。その後、産婦人科医として診察したり、性同一性障害の治療判定や、児童虐待をみる子ども養育支援チームなどにも関わっていく中で、さまざまな課題が見えてきました。私の性教育の幅がどんどん広がり、それはそのまま講演の内容に反映されていきました。 

9年目のとき、世界の性教育の指標となる「国際セクシャリティ教育ガイダンス」が発表されました。国連教育科学文化機関(ユネスコ)が世界保健機関(WHO)などと協力して出したものなんですけど、性的同意、性暴力、ジェンダーなど人間関係、価値観、文化などのキーコンセプトがあって、「私が伝えたいことと一致してる」と思いました。 

――現場から見えてきたいろいろな課題が、世界基準と一致していたんですね。 

高橋  そうです。 
今、世界は国際セクシャリティ教育ガイダンスに沿って、2009年からどんどん進んでいます。 
たとえばこのガイダンスでは、避妊の方法について学ぶのは9歳~12歳とされています。でも日本の学習指導要領では、高校生になって初めて避妊の話が出てくる。 

ガイダンスでは、高校生で学ぶべきこととして、「避妊していたのに、予定しない妊娠に出あってしまったとき、どう考え、どう行動し、だれに相談できるのか知識を得る」といったことを揚げているんですね。 
困ったことが起きたとき、どうしたらいいか知識を持ち、助けてくれる人につながることができるというのが、18歳までの性教育の目標なので、日本でも子どもたちがそういう力を持てるようにしてあげてほしいです。 

――性教育は前向きに生きていくために必要だと、世界は考えているんですね。ところでサッコ先生の話を聞いた子どもたちの反応はどうですか? 

高橋  中学3年生の感想で多いのが、「自分は性にメチャクチャ興味があったからいろいろネットで調べていたけど、自分が知っていることに結構間違いがあった。専門家からちゃんと正しいことを聞けて良かった」という感想。一方で、「自分は性については一切興味ないから自分では調べないから、今日こういう授業がなかったら知らないまま生きていたかと思うと、ちゃんと聞けて良かった」という子もいます。 

――性に興味がある・ないにかかわらず、正しい知識を得たいのですね。専門家から聞けたのも安心につながっているようですね。 

高橋  性を学ぶことはとても健康的なことです。みなさんには選択肢があって、その選択肢を自分で選び取ることができるんです。性教育は、その選択肢の一つ一つを教えるためのもの。「性をしっかり学ぶことで、自分の人生を自分で選んで歩んでいけるよ」ということを、若い人たちに伝えたいですね。 

2 あなたらしくあるために大切なこと

やりたいと思う気持ちを大切に 

――一人ひとりが自分らしくあるために何を重視したら良いでしょうか? 

高橋  自分がやりたいと思ったことをやるっていうのが一番大切かなと思います。 
私は「趣味・性教育、特技・性教育、仕事・性教育」と言っているくらい、性教育をしたくて、土・日曜に何しているかと聞かれると、性教育の勉強会に行っているみたいな感じなんです。 

これをやりたいと決めてそれをやっていると、周りの人が応援してくれるんですね。やりたいこと、自分の好きなことだけをやって生きていられるって本当に幸せなことだなと思っています。 

サッコ先生の話に、生徒たちはグイグイひきつけられていきます
サッコ先生の話に、生徒たちはグイグイひきつけられていきます

3 未来を生きる子どもたちへ

困ったら信頼できる相談相手につながろう 

――次の世代の子どもたちに生き抜く力を与えるメッセージをお願いします。

高橋  「困らないために知識を持っておいてね」というのと、「困ったらここにつながってね」というのと、子どもたちには両方必要だなと感じています。 
私も参加してつくった小冊子『#つながるBOOK』があります。「正しい知識に、そして何より、信頼できる人につながってほしい」という思いをタイトルにこめています。

 ――どうしてつながってほしいのですか? 

高橋  孤独になるとね、自分の命をあやめてしまう方向に行く子もいるので、だれかに何かにつながってほしいんです。 
困ったことがあったとき、だれかに相談できる。それが一番大事で、妊娠してもだれにも相談できず、ひっそり自分で産んで、「だれか助けてあげて」と赤ちゃんを人目のあるところに遺棄したら犯罪になっちゃいます。 

そうなる前にだれかに相談できていたら、と思います。一緒に講演を聞いた友達や先生、保護者なら相談できると思えるかな。 
顔見知りだと相談しづらいなら、『#つながるBOOK』に、匿名で専門家に相談できる「思春期・FP相談LINE」のQRコードが載っています。ほかにも、いろいろな相談窓口のQRコードも掲載しています。 

安心できる、ここなら大丈夫という相談先を少しでも多く子どもたちに渡しておいてあげることで、ライフラインをつなぐ場合もあるかもしれません。 

講演で生徒一人ひとりに「お守りにしてね」と配布された小冊子『#つながるBOOK』。困らないための知識と、困ったときの相談先などを掲載
中学3年生の性教育講座で生徒一人ひとりに「お守りにしてね」と配布された小冊子『#つながるBOOK』。困らないための知識と、困ったときの相談先などが掲載されています(『#つながるBOOK』PDF版へのリンクバナーは記事最後に掲載)

取材を終えて
子どもへの性教育。親はできていますか? 

以前、わが子に「どうして赤ちゃんが産まれるの?」と聞かれたとき、「コウノトリがね……」と、はぐらかしてしまいました。子どもは納得していない様子。私はどう答えて良いか分からず、席を立ってしまいました。こんな経験、各家庭でもあるのではないでしょうか? 

大人自身が性に対してきちんとした基準を持っていないから、子どもにどう話したらいいのか分からない。ですが今はネットを通して、さまざまな情報が直接子どもたちに届いてしまう時代。「そのうち分かるようになるだろう」と親が思うのは、リスクの中に子どもをさらし続けるようなものです。 

私は自分の子どもにきちんとした知識を伝えられなかったふがいなさを反省しつつ、「この話を保護者も一緒に聞くと良いですよね」とサッコ先生に言うと、「私も保護者に一緒に聞いてほしいと心から思っています。小学生のときは7割が来てくれるんですけど、中学生になると7%、高校生では0.7%ですね。親御さんも忙しいのだと思いますが、私なんて1回だけの外部講師です。そのあと子どもたちと一緒に知識を共有して、守ってあげられるのは保護者であり学校なんです」。 

この日の性教育講座はジェンダーのこと、デートDV、妊娠、出産、避妊方法、性感染症対策など、現代を生きていくうえで知っておくと役立つ内容がぎっちり詰まっていました。
先生方もデートDVを寸劇で見せるなど協力的で、終始リラックスムード。時に真剣に、時に楽しそうに話を聞く生徒の反応を見て、サッコ先生は「この先、この子たちは、困ったことがあったとき、お友達として相談し合えるな」と、うれしかったそうです。 
どうしてここまで青少年の性教育に情熱を傾けられるのか不思議に思っていましたが、サッコ先生を突き動かしているのは、この純粋な思いなのだと感じました。 

取材日:2022年10月31日
綿貫和美