「長生きするのも悪くない」と思える社会をつくりたい

「長生きするのも悪くないと思える社会をつくりたい」「地域や社会に良いことをしながら、それが仕事になり、なおかつ地域の交流にもなる場をつくりたい」。こんな目標を掲げ、実践しているのは、国や役所ではありません。一人の一般女性です。そして今、テクノロジーを活用して地域の課題を解決するという新たなチャレンジも始めています。この女性・桑原静さんは一体どんな方? さっそく取材に伺いました。(彩ニュース編集部)

・ファンになったり炎上したり、コミュニティはおもしろい!
・コミュニティビジネスとの出合い
・コロナ禍が初心に立ち返る機会に
・地域の課題をテクノロジーの力で解決
・自分のありたい姿から逆算
・情報社会に流されないよう、本質を見る力を
・覚悟があると人は強い

Profile 桑原 静(くわはら しずか)
職業:シゴトラボ合同会社(埼玉県さいたま市)代表 
BABAlab(ババラボ)代表、シビックテックさいたま世話人。1974年さいたま市(旧与野市)生まれ。20代は、企業のWEBコミュニティサイトの企画。30代は、リアルなコミュニティの企画、NPOの事業化支援など。シニアのコミュニティや働き方に興味があり、2011年「BABA lab」をスタート。40代は、シニアの本音を生かしたサービスや場づくりに取り組んでいる。広域関東圏コミュニティビジネス推進協議会幹事、認定コミュニティビジネスコーディネーター、中小企業支援ネットワーク強化事業アドバイザー、さいたま市社会教育委員ほか。

1 今の仕事のこと

ファンになったり炎上したり、コミュニティは生き物みたいでおもしろい!

――今の仕事をされるまでのことを教えてください。

桑原 子どものころは絵本や漫画をかくのが好きで、将来の夢は絵本作家か漫画家でした。
アニメーションを作りたくて日本大学の芸術学部映画学科に行きました。ちょうどインターネットやコンピューターが家庭に入り込んできた時代で、私はとても興味を持ち、学生のころからWEB関連の制作を請け負い、独立。卒業後もそのまま続けていました。
そして企業のWEBコミュニティサイトの企画・運営をしながら、コミュニティと企業について大学と共同で研究する機会にも恵まれました。
ちょっとしたことでファンになったり、逆にアンチになると一気に炎上したり、コミュニティの持ち方とかありようが、まるで生き物みたいですごくおもしろいと思いました。
次第にリアルな人間同士のコミュニティに興味を持つようになりました。

――コミュニティとは何ですか?

桑原 「人と人とが何かしらのコミュニケーションをしている集まり」のことですね。

ターニングポイントはコミュニティビジネスとの出合い

桑原 そんなころ、ちょうど「おばあちゃんの葉っぱビジネス」が世の中の注目を集めました。
異常寒波により町の産業が大打撃を受けた徳島県の山あいの農村で、お年寄りがITを使い、日本料理に添えるつまもの(葉っぱ)を山で収穫し提供するビジネスが成功、町が元気を取り戻したと話題になりました。

地域課題の解決にビジネスの手法で取り組むことを「コミュニティビジネス」といいます。私は葉っぱビジネスからコミュニティビジネスと出合い、「今まで、こんなにおもしろいと思ったことなかった!」と、自分の中ですごい刺激になりました。29歳のときです。

そこが私にとってターニングポイントとなりました。さっそく、働きながらコミュニティビジネスを学べるところはないかと探し、一生懸命就職活動をしました。

そして30歳の時、NPO法人コミュニティビジネスサポートセンターに就職。全国のさまざまなコミュニティの立ちあげや事業化支援に携わりました。
事業化支援ではコンサルティングをすることが多くなります。「人材を育成しましょう」「ビジネスの仕組みをこうしましょう」とか提案していくのですが、自分もやったことないのに、ほかの人を支援するってどうなんだろうな、という疑問が常にまとわりついていて、限界だと思いました。5年間勤め、退職しました。

――誠実でいらっしゃるんですね。

桑原 矛盾しているのがすごくいやなんです。
自分が思っていることと、口に出していることがかけ離れているとすごく気持ちが悪くて、本音に近いことをしていたいと思っています。

――そして、いよいよ「BABAlabさいたま工房」を開設されるのですね。

桑原 もともと人が年を取った時の生き方に興味があり、年をとっても通える職場であり交流の場を作りたいと思っていたので、2011年「BABAlabさいたま工房」を開設しました。
おばあちゃんたちの知恵を生かしてモノづくりをして、おばあちゃんたちのお小遣いにするというシンプルなモデルのもと、始めました。

BABAlabさいたま工房では、高齢者が仲間と一緒にモノづくりを楽しんでいます

桑原 最初は大変でした。メンバーは祖母しかいません。公民館で手芸教室を開いても、近所の人に声をかけても、チラシをまいても全然集まりませんでした。
そのうち、さいたま市におばあちゃんたちが働ける場所があると新聞で取り上げられるようになり、人がどんどん集まってくるようになりました。

4年目くらいから工房がうまく回るようになり、見学者も増えました。「シニアのコミュニティの作り方」「シニアはどんなところに興味があるのか」といった知見がたまってきたこともあって、さいたま市から市民の学びの場の運営を委託されるようになりました。BABAlabさいたま工房みたいな場を作りたいから講座をやってくれないかという依頼も増えてきました。

シニアの声を生かして商品やサービスを企業と一緒に考えるという事業も始めました。いろいろなマーケティング依頼があって、アンケート調査を引き受けたりもしました。

コロナ禍が初心に立ち返る機会に

桑原 そんなところで去年のコロナ禍があって、いろいろ考える機会となりました。
初心に立ち返って、シニアの声を聞いてシニアが本当にやりたいと思っていることを形にしていきたいなと思うようになりました。

――どんなことをさらに始めたのですか?

桑原 たとえばシニアユーチューバーの発掘です。あるおじいちゃんが「シニアユーチューバーになってみたい」というので、BABAlabでユーチューブチャンネルをつくり、その人が撮ってきた動画をアップしました。すると「自分もやってみたい」という人が結構多かったので、動画編集講座を開きました。今度は「発表の場がほしい」と言うので、コンテストを開きました。

ほかにも「おじさんたちのコミュニケーションアッププログラム」「おじさんあるある」といったイベントをしたり、「おじさん取り扱いマニュアル」をみんなで作ったりしています。
どれもまだ事業化されているわけではありません。自分たちがおもしろいと思うコンテンツやサービスをつくって、そこから芽が出たら、それを行政や企業で逆に使ってもらえるようにしたいなと考えています。

――どれも、今までにないようなコンテンツですね。

桑原 「こういうの、今までなかったね」という声を拾って形にすることを心がけています。
そうした声を拾うには、普段からまめに会うことが大切だと思います。なぜいろいろやっているのか聞かれますが、いろいろやらないと知り合えないからです。

BABAlabさいたま工房だけだったら、どちらかというと女性とモノ作りが好きな人しか来ませんよね。でもユーチューブの講座を開くと、それに興味のある人が来ます。
イベント、勉強会、交流会など新しい入り口を作れば作るほど、いろんな人と知り合えて多様なシニアが集まってくれます。

毎月開催する学習会では、高齢化社会に必要な仕組みやサービスについて活発な話し合いが行われています(2021年はオンライン開催)

地域の課題をテクノロジーの力で解決するという取り組み

桑原 今一番力を入れているのは、シニアの課題や、高齢化社会の課題・問題を、テクノロジーの力を使って解決できないかなという取り組みです。
具体的には2020年、新しく任意団体「シビックテックさいたま」を、BABAlabとは別に立ち上げました。「シビックテック」とは、市民自身がテクノロジーを活用して地域の課題を解決するという考え方のことです。

――すばらしい活動ですね。

桑原 すごくおもしろいですね。同じような活動をしている団体は全国に80以上あります。エンジニアやプログラマーの参加が多いのですが、私みたいな現場でずっとやってきた人がそこに参加すると、リアルな課題があって、それに向かってどうしようと具体的な話ができるので、今後さらに多様性のある活動になっていくと思います。

今年、シビックテックさいたまは、さいたま市高齢福祉課と協働で、地域に眠る人材、特に地域に入っていくのはなかなかハードルが高いシニアの男性に、どういう働きかけが必要なのかを話し合ったり、シニア男性と行政サービスをつなぐツールについて検討したりもしています。

BABAlabでやっていることとシビックテックさいたまでやっていることを含めて、長生きするのも悪くないと思える社会をつくっていきたいと考えています。

2 あなたらしくあるために大切なこと

自分のありたい姿から逆算し、今から実践

――働き方のスタイルなどがどんどん変化しています。社会はどんなふうに変わっていくとお考えですか?

桑原 今、副業を許可する会社も多いですし、リモートワークもできます。今後、選択肢はどんどん増えていくでしょう。そんな中ですごく難しいのは、「自分がどう生きるべきか」も、自分の選択にゆだねられているということです。
だから平均寿命が延びている中、「長寿社会をどう生きるか」「長生きをどう自分の中で受け止めるか」を、みんなで意識していく事業をやりたいと思っています。

――そんな中で自分らしく生きるために、何を重視したら良いと思いますか?

桑原 自分がどこに価値観を置くかでしょうね。難しいことですが、年をとった時の自分の“ありたい姿”から逆算して、今からこうしようかなとか考えると良いと思います。

3 未来を生きる子どもたちへ

情報社会に流されないよう、本質を見る力を

――これからの子どもたちへ、生き抜く力を与えるメッセージをお願いします。

桑原 想像力を持つべきだと思います。
たとえば友達に嫌なことを言われたとします。そうしたら「あの子はなぜそんなこと言ったのかな。家でお母さんとけんかしたのかな」とか、相手の背景などを想像するところから始めると良いのではといつも思っています。

想像力を働かせるには、ぼーっと考える時間が必要です。
それから、この情報社会の中で流されないためにも、ぼーっと考える時間は必要だと思います。

今の世の中って考え方が二極化しやすいですよね。たとえばコロナワクチンは安全か安全じゃないか。
ネットで「このワクチンは安全性が低いのでは」という情報を調べると、この人はそういう情報が必要なんだなと勝手に判断されて、次の検索キーワードやサジェスチョンで「安全じゃない」という情報ばかりが出てきてしまうわけです。自然とそっちに傾倒してしまう。すごく危険だと思います。

だから子どもたちには、いろいろな情報をくまなく、中立の立場で見られる力を持ってほしいですね。
完全に正しいこと、完全に間違ったことって実はあまりなくて、物事は正しいことと間違っていることの組み合わせだから、そういう見方は必要だと思います。

今起きている事象について自分がどう思っているかを考え、本質を見ようとすることも大切です。
そうしないと、短くて力強い言葉をパッといえる人に「その通りかも」って、ついていってしまい、危険です。子どもたちにはぜひ、本質を見る力も身に付けてほしいと思います。

取材を終えて
いつゼロに戻ってもしょうがない。覚悟があると人は強い

 BABAlab立ち上げの根底には、地域や社会に貢献しながら、それが仕事になり、なおかつ、その職場が地域の交流の場ともなるコミュニティを作ってみたいという桑原さんの夢がありました。
「それができたら理想ですが、現実には難しいのでは」とたずねると、「私が失敗したら、それがコミュニティビジネスをやりたい人の参考になるので、難しいのもいいと思っていました」と桑原さん。どうなっても一人で生きていけるだろうという気持ちがあるというのです。
 どうしてそう思えるのか聞くと、「父はプロのサッカー選手でした。いつゼロに戻ってもしょうがないという気持ちで、常に好きなことを全力でやる父の姿を小さいころから見てきた影響かもしれません」とのことでした。
 理想を語れば、時に、批判的な言葉を投げてくる人がいるのも世の常です。でも桑原さんは周りがどうあろうと、常に本質を見ようとし、淡々と、そして着々と、自らの道を切り開いてきたのでしょう。その芯の強さは、いつゼロに戻ってもしょうがないという覚悟からくるのだと思います。

取材日: 2021年6月18日
綿貫和美