さまざまな人や出来事に関わる中で、予期せず、自分の進む方向が見えてくることはあるでしょう。しかし、気づく力と行動力がなければ、好機を逃してしまいます。
「杉のチカラ株式会社」(久喜市)代表取締役社長の髙橋則之さんは、多くの出会いを重ねながら、常に高い感度を持って物事に取り組み、失敗を恐れず行動することで現在の事業にたどり着きました。髙橋さんのこれまでの歩みを紹介します。
会社員からコンサルタント、大工へ
同社は、杉の天然有効成分を生かしたネコのトイレ用砂(猫砂)やキャットタワー、爪とぎなどを製造・販売している企業です。いずれも、天日干しをした杉の木で作られていて、猫砂は製法特許を取得しています。
かつて髙橋さんは、大手運送会社の社員として業界の最前線でマネジメントを担当していました。その後、物流コンサルタントとなって独立。その仕事の一環で林業が盛んな福島県の山間部を訪ねたことが、一つの転機となります。
「手作業で丸太から材木に仕上げていったり、巨木を滑車で山奥に運んで住宅を建てたり、山で働く人たちの知恵は信じられないものばかりで衝撃的でした」と髙橋さんは振り返ります。そして「もっと知りたい」と、現地で大工修業を開始。技術を身に付け、建築業も手掛けるようになると、木材の販売に苦労していた林業家たちから「木が売れるようにしてほしい」との声が届き始めます。
髙橋さんは「国産材がなかなか売れないのは、安価な輸入材に押されていることや、うまくマーケティングがされてこなかったことが原因だと考えています。中でも杉は国の政策で、戦後長らく植林が続けられたため、今では国土の約12%の面積を占めていますが、ほとんど利用されていません。杉の用途をもっと広げていく必要があると思います」と現状を話します。
住宅リフォームの仕事を機にネコ用品の製造に着手
髙橋さんとネコとの関わりができたのは、住宅リフォームの仕事がきっかけでした。「多数の保護ネコと共生できるように」との注文を受け、髙橋さんは杉を中心とした福島県産の良質な自然乾燥木材を調達。キャットタワーを作り付けるなどして施主に喜ばれた一方で、自身には驚きがあったといいます。
「値段の安さではないところで、杉の価値を理解して、ネコのために採用してくれる人がいることが分かり、山の仕事を知ったときのような衝撃を受けました」
手応えを感じた髙橋さんは、インターネットを通して、自然乾燥させた杉材で作ったキャットタワーの販売を開始。すると、予想外の方向に展開していきます。「キャットタワーを送る際、クッション材として、おがくずをビニール袋に入れて隙間に詰めていたのですが、お客さんから『猫砂に使いたいからそれだけ欲しい』と言われるようになったんです」
これをヒントに開発したのが、杉の原木丸太を製材する際に出る“生おが粉”(水分を多く含むおが粉)で作った猫砂です。
「当社では添加物を一切使わず、生おが粉を自然乾燥させて猫砂を作っています。杉などに含まれる精油成分“フィトンチッド”は、消臭・抗菌・リラックス効果があることで知られていますが、天日で水分だけをじっくり抜いていくことで精油成分が破壊されないため、より高い効果が期待できます。それに万一、口に入っても安全です」と髙橋さん。
森林資源の価値向上と地域福祉に貢献
同社では、障がいのある人の就労訓練の場「就労継続支援B型」事業所に、猫砂の原料・生おが粉の天日干し作業を委託しています。これも人との出会いがきっかけでした。「猫砂の試作で事務所前に生おが粉を干していたとき、それを見たB型事業所の営業担当者が就労訓練用の仕事を探して訪ねて来たんです。それでお任せすることにしました」
髙橋さんの判断で、B型事業所の工賃を全国平均に比べ、かなり高く設定していることや、製造に手間がかかることなどから、同社の猫砂は有名メーカーの製品に比べて高額とのこと。髙橋さんは「最近は“療養食みたいな猫砂“とご案内するようにしています。あまりおいしくない(値段が高い)けど、健康には良いということです。単なる消耗品としてたくさん売るのではなく、世界に目を向け、本当に必要とする方に販売していくことを考えています」と話します。
杉は花粉症の被害で知られていますが、本格的に花粉が生産されるのは、早くて樹齢25年といわれています。「若木は、花粉がないうえ、CO2(二酸化炭素)を大量に吸収します。だから、杉を植えた後、10~15年のうちに利用すればいいんです。私は既に、それをスムーズに行うための仕組みも考えています。当面の目標は、森林資源としての日本の杉の付加価値を上げること。その後、日本の固有種である杉の天然有効成分を生かしたさまざまなオーガニックペット用品を輸出していく予定です」
取材を終えて
目標を定めて突き進んでいる髙橋さんからは、パワフルなエネルギーが感じられました。印象的だったのは「ネコに巡り合えたのはラッキーだった。自信と味方をつくってくれたから」との言葉。一切迷いのないことが伺えます。
ところで、ネコ用品を作っているからではないと思いますが、工場周辺には12匹ほどの地域ネコがいるそうです。取材日には2匹見かけました。
取材日:2022年3月14日
矢崎真弓