これと思ったら突き進む(杜氏 佐藤麻里子)

若者の日本酒離れが進む中、24歳で歴史ある酒蔵「佐藤酒造店」の杜氏(とうじ)となった佐藤麻里子さん。逆風の中でも自分の気持ちにまっすぐに突き進む、埼玉県初の女性杜氏です。銘酒「越生梅林(おごせばいりん)」を守りつつ、若い感覚を生かし、女性や若い世代にもうったえる新商品の開発やパッケージデザインにも取り組んでいます。もともとは家業に就くつもりはなかった麻里子さんが、杜氏になりたいと思ったいきさつや、今挑戦していることなどを取材しました。(彩ニュース編集部)

 お客の声が原点
何を言われてもブレない。私は杜氏になる!
埼玉初の女性杜氏に
「大変」より「楽しい」が勝る酒造り
思い入れのある「越生梅林 特別純米酒」
杜氏としての成長を見守ってほしい「まりこのさけ」
平均年齢30歳。若い感覚を生かし挑戦
自分の気持ちを大切に
「何が本当か?」「何が重要か?」冷静に判断を
斬新な感覚で日本酒に新風

Profile  佐藤麻里子(さとう まりこ)
杜氏。大学在学中に、彩の国酒造り学校で酒造りの基礎を学び、2014年に実家である酒蔵「佐藤酒造店」に入社。酒造りは男性が行うものという考えが強い酒造業界において、杜氏として酒蔵スタッフを率いる。女性杜氏は県内初。女性や若い世代のニーズに応える酒造りに取り組み、伝統の清酒「越生梅林」を守りながらも、「まりこのさけ」「中田屋」など自ら新商品開発やデザインも手掛けている。
 2017年、全国新酒鑑評会入賞。2019年以降3回、全国燗酒コンテストで金賞を受賞。
2022年、埼玉県荻野吟子賞個人部門大賞受賞。

Profile  佐藤麻里子(さとう まりこ)
 杜氏。大学在学中に、彩の国酒造り学校で酒造りの基礎を学び、2014年に実家である酒蔵「佐藤酒造店」に入社。酒造りは男性が行うものという考えが強い酒造業界において、杜氏として酒蔵スタッフを率いる。女性杜氏は県内初。女性や若い世代のニーズに応える酒造りに取り組み、伝統の清酒「越生梅林」を守りながらも、「まりこのさけ」「中田屋」など自ら新商品開発やデザインも手掛けている。
 2017年、全国新酒鑑評会入賞。2019年以降3回、全国燗酒コンテストで金賞を受賞。
2022年、埼玉県荻野吟子賞個人部門大賞受賞。

1 今の仕事のこと

お客の声が原点

――日本酒は何から造られるのか、また、杜氏の仕事について教えてください。

佐藤 日本酒は米、米麹、水を原料とし、それらをアルコール発酵させることで造られています。
杜氏は、酒造りの製造責任者です。各蔵に一人しかいません。今年はこういう味のお酒をつくろうとスタッフをまとめ、最終的な味まで決めるのが杜氏の仕事です。

――とても大切な役割ですね。ところで佐藤酒造店は江戸時代から約180年続く酒蔵です。歴史ある酒蔵に生まれて、子どものころ、その意識はありましたか?

佐藤 いいえ、特に意識していませんでした。酒蔵を継ぐということは頭にありませんでした。

――ほかにやりたいことがあったのですか?

佐藤 特にこれをやりたいというのはなかったのです。大学では社会情報学部を選び、コンピューターや英語などのスキルを身につけられる学部でした。

――コンピューターと英語ができれば社会に出てもいろんなことができますよね。本当に継ぐ気はなかったんですね。

佐藤 そうですね。そんな私が杜氏になりたいと思うようになったのは、お客様の影響です。

高校生のころから直売店を手伝うようになりました。未成年でお酒を飲むことはできませんでしたが、お客様が、その年のお酒の味や感想などを話してくれます。だんだんお酒の中身に興味を持つようになりました。
そのうち「これだけいろいろ教えていただけるなら、それを生かして、自分が思い描くお酒を、一から設計して造ってみたい」と思うようになりました。

大学3年生を目前に、就職活動のためにいろいろな会社を調べ始めました。でも、自分の中でこれだと思う会社がありませんでした。
そんなとき、酒造りの工程の一部を任せていただきました。ちょうど大学2年から3年にかけてです。お酒が完成したとき、「私がやりたいのはこれだ!」と直感的に確信しました。
さっそく彩の国酒造り学校(夏の間のみ開講。2年間)に入り、基礎を学びました。

江戸時代から続く埼玉県越生町の酒蔵「佐藤酒造店」

何を言われてもブレない。私は杜氏になる!

佐藤 私はこれと思ったら突き進むタイプです。父と母に迷いもなく、「お酒の製造をやっていきたい」と伝えたとき、両親は本当にびっくりしていました。

酒蔵の建物は老朽化で壁や屋根瓦が一部崩れてしまいました。「蔵がもつギリギリまで酒造りをして、そのあとは廃業もやむを得ないかな」と両親は考えていたようです。

――江戸時代から続く酒蔵を廃業するというのは、よっぽどのことですね。

佐藤 父たちもやめたいわけではないのですが、日本酒離れが進んでいるので、新しい酒蔵を造ったところで、この先は厳しいだろうという思いもあったでしょう。

そんなときに、私からの申し出です。両親、すでに引退していた祖父母、私、弟の6人で家族会議を開くことになりました。
大学に入ったばかりでやりたいことがあった弟に決断させるのは、申し訳なかったなと思うのですが、私は続けるつもりでした。家族会議はほぼ毎日、約2カ月間続きました。

――そこまで徹底的に話し合いをするってすごいですね。

佐藤 それほど父は悩んだのだと思います。
父がこの業界に入ったのは、日本酒がどんどん売れて、賞に一つでも入れば、その年のお酒はすべて売り切れ、という良い時代でした。そこから厳しくなっていく様子を見てきているので、なかなか踏ん切りがつかなかったようです。

――日本酒業界全体の出荷量は年々減少していて、令和2年度では、ピークだった昭和48年度の4分の1となっています。酒蔵がどんどん減っている状況で、この業界を子どもたちに継がせるのはどうなのか、親としては迷ったでしょうね。

佐藤 最終的に祖父母は「続けてほしい」、私と弟は「自分たちの代でつぶしたくない。酒造りをやる」と主張し、ある意味多数決でした。父からは「思っている以上に大変だぞ」とさんざん言われましたが、「でも、やります」と私が決してブレなかったので、私の熱意に負けた感じでした。「やるというなら、途中でやめるのは無しだぞ」と念を押されました。私は「もちろんです」とこたえました。

埼玉初の女性杜氏に

佐藤 私が蔵に入ったのは、大学を卒業した2014年。その春先から蔵の建て替え工事が始まりました。新しい蔵は2015年1月に完成し、私は杜氏となりました。24歳のときです。

――麻里子さんは県内初の女性杜氏です。酒造りは昔、女人禁制と言われていましたが、今はどうなのでしょうか?

佐藤 今でも蔵の入り口に「女人禁制」の札が張ってあるところもあります。
でも弊社の場合はそういうことはなかったですね。全国的に見れば、だいぶ前から父と同世代の女性杜氏もいましたし、父や祖父が違和感を持つということはなかったと思います。

日本酒の原料となる米の状態を見定める麻里子さん。真剣そのもの

「大変」より「楽しい」が勝る酒造り

佐藤 今でも「酒造りは楽しいか?」と、よく父に聞かれます。大変だと思うときはあるけど、いやだなと思ったことは一度もないです。今10年目になりますが、「楽しい」が勝っているのです。2時間3時間おきに起きるとしても、朝早くても寒くても、「酒造りって楽しい」としか思いません。

――「2時間3時間おきに起きる」とはどういうことですか?

佐藤 酒母(しゅぼ)や麹(こうじ)、醪(もろみ)の段階で、その発酵・繁殖具合をチェックするため、夜中でも2時間3時間おきに見に行きます。

――毎年冬になるとそんな感じなんですか?

佐藤 新米が入る9月から、翌年4月いっぱいくらいまで、そういう生活の繰り返しです。

――その半年間は昼も夜もなく状態を見ないといけないのですね?

佐藤 いけないわけではないけれど、見ていたいのです。時間がたつと状態が変化するのでおもしろくて、ずっと見ていても飽きないのです。
原料となるお米に関しては、植え付け・種付け・刈り取り時期の雨が多いか少ないかなど、その年の気候にもろに影響を受けるので、毎年同じものには絶対になりません。
さらに外気温の違いや、お米の貯蔵時間などちょっとしたことで、同じように造っても、すべての工程において同じものになることはありません。だから目を離したくないのです。

――自分の思うような状態にならないときはどうするのですか?

佐藤 その時の状態・状況をみて、毛布を掛けてあたためたり、氷を入れて冷やしたり、臨機応変に対応しています。

――えーっ! 毛布ですか?

佐藤 酒造りでは「かぜひかないように」と言うのですが、毛布や行火(あんか)も使って、あたためています。
逆にあたためすぎると、温度が上がって発酵が早まってしまうので細かく様子をチェックします。ゆっくり育てて、プチプチプチプチ発酵させた方がおいしいお酒になります。

――人と同じですね。じっくり育てた方がいい。

佐藤 みなさんそう言います。
赤ちゃんは何かあれば声が出るけど、お酒は声が出ないので、人間の目視で感じ取るしかないのです。そこがおもしろい。答えがない分やり方ひとつで、よりおいしくなる。やりがいも感じます。
昔から「杜氏の性格によってお酒の味が変わる」と言われるくらい、酒造りの工程自体が味に影響を及ぼします。それくらいお酒づくりが繊細だということだと思います。

麹菌を蒸した米に付着させ、繁殖をうながします

思い入れのある「越生梅林 特別純米酒」

――そこまで愛情を注いで、きめ細やかに育てたお酒にはどんなものがありますか?

佐藤 弊社のお酒の銘柄は「越生梅林」です。弊社の蔵付き酵母を使い分けて「越生梅林」シリーズを造っています。蔵付き酵母はその蔵特有のものなので、他社にはまねできません。そこで差別化を図ろうと思っています。

目指しているのは、食中酒として、ふくらみがあって後味の軽いお酒です。それに一番近いのが「越生梅林 特別純米酒」です。
ラベルを梅の花のデザインに最初に替えたのは、この特別純米酒。思い入れが深い商品です。

埼玉の酒米「さけ武蔵」でつくったお酒なので、原料はすべて地元のものです。しっかりした味わいなので常温か、40度くらいのぬる燗がお勧めです。
全国の燗酒(かんざけ。あたためて楽しむ日本酒のこと)のコンテストで2回金賞をいただき、今年(2023年)埼玉県の「Made in SAITAMA優良加工食品大賞2023」で特別賞にも選ばれました。

2020、2022年の「全国燗酒コンテスト」で金賞に選ばれた「越生梅林 特別純米酒」(左)。ラベルは麻里子さんのデザイン。右の「越生梅林 大吟醸」は2017年全国新酒鑑評会で入賞

杜氏としての成長を見守ってほしい「まりこのさけ」

――麻里子さんの名前がついた「まりこのさけ」はどんなお酒ですか?

佐藤 まりこのさけは、私が杜氏になった年から造り始めました。一から自分で設計し、瓶のパッケージもラベルも全部を自分で手掛けたという意味で、「まりこのさけ」と名付けました。
年に1回、シリーズ化して出しています。自分が杜氏になって1年目、2年目…ということで、自分の成長を見ていってほしいという願いも込めて第1弾、第2弾と数字も入れました。
毎回、どんな米を使い、どんな風に仕上がっているかなど手書きのコメントを、その年の顔写真とともにラベルの側面に入れています。

――そういうコメントがあると、日本酒初心者の女性でも手に取りやすいですね。

佐藤 定番の越生梅林よりは飲みやすくなるように仕上げ、日本酒初心者や女性に手に取っていただければいいなと願いながら製造設計やパッケージを考え、造ったお酒です。意外にも、お酒をよく飲む方々も手に取ってくださったので、自分ではびっくりしています。

――麻里子さんが楽しんで造っている感じが伝わってくるからかもしれませんね。

左は「まりこのさけ」第7弾。店内にはインテリアとしても映えそうなデザインのお酒がずらり

平均年齢30歳。若い感覚を生かし挑戦

――今挑戦していることを教えてください。

佐藤 「山廃(やまはい)」という、江戸時代に主流だった製法に挑戦しました。
この辺りの水はやわらかくてクセがないので、きれいにすっと飲めるお酒が造りやすいのですが、そこにプラスアルファの深い味わいを加えたいと考えました。
そこで山廃に挑戦してみました。蔵の中にいる天然の乳酸菌を利用するのですが、普通の酒造りと違って、もしかするとお酒がダメになるかもしれない、という恐れもあります。

――難しい製法ですね。

佐藤 でもうれしいことに、造りあげることができました。どっしりしているけど、すっと飲めるお酒です。「越生梅林 山廃純米酒」と「越生梅林 山廃普通酒」として出しています。

――ほかには?

佐藤 女性にも親しみやすい新商品の開発にも取り組んでいます。
最近、女性が日本酒を飲んでくださるし、詳しいですよね。いろいろお話を聞いて、「これいいな」と思ったら蔵まで持ち帰って「来季の仕込みのときに試験的にやってみようよ」とか社長をはじめスタッフみんなで検討します。それで実際に商品化されたお酒もあります。

そういうこともあって私はなるべく時間をとり、お酒のイベントにも顔を出したい。店頭に立ち、お客様とお話をしていろいろ意見を聞くようにしています。生の声が一番なので大切にしています。

酒蔵スタッフは私も含めて平均年齢30歳なので、若い世代を意識して新しいことにも挑戦したいと考えています。そこで「中田屋」という屋号を使ったブランドを2018年のコロナ前に立ち上げました。

ほかにも、パッケージデザインのリニューアルにも力を入れました。知らない銘柄のお酒があったとき、味では判断できませんよね。そうしたら人はパッケージで判断すると思ったからです。
統一感があり、ちょっと斬新でポップな感じもある、女性にも男性にも手に取っていただけるようなデザインを目指しました。

――今後はどうしていきたいですか?

佐藤 「ふくらみがあり、後味の軽い酒」をモットーに、食中酒として「喜怒哀楽の場面にそっと寄り添えるような優しいお酒」をこれからも醸(かも)し、県内はもちろん全国、海外の方にも「埼玉に清酒越生梅林があるよね」と言ってもらえるように努力します。

そして、父をはじめ先代の思いを継ぎながらも、私らしく、その時々の時代にあった酒造りをしていきたいです。

2 あなたらしくあるために大切なこと

自分の気持ちを大切に

――一人ひとりが自分らしくあるために何を大切にしたら良いと思いますか?

佐藤 自分の気持ちを大切にして、これと思ったら、あれこれ迷わずに突き進むことだと思います。

――麻里子さんの杜氏になるまでのいきさつは、まさにその通りでしたね。

3 未来を生きる子どもたちへ

「何が本当か?」「何が重要か?」冷静に判断を

――次の世代の子どもたちに、生き抜く力を与えるメッセージをお願いします。

佐藤 今は未来を予想することが困難な時代です。でも積極的にその物事と向き合い、より生活しやすい人生を自ら作っていく気持ちを持ってほしいです。
伝統や文化を大切にしながら、たくさんの情報の中から「何が本当か?」「何が重要か?」を冷静に判断して、仲間と協力しながら新たな価値を生み出していってほしいです。

取材を終えて
斬新な感覚で日本酒に新風

麻里子さんの蔵でおもしろいお酒を見つけました。「梅酒(うめざけ)」です。「梅酒(うめしゅ)」ではありません。
うめしゅは一般に焼酎を使いますが、うめざけは梅を日本酒で仕込んでいます。

寝る前に、レンジでチンしてちょっとあたためて飲むと、クエン酸効果と相まって良いとか。疲れがとれて、ぐっすり眠れそうです。「そんなお酒、飲んでみたかった! 感覚が斬新」と思いました。

国税庁の報告を見ると、日本酒の出荷量は年々減っていますが、そんな中でも純米酒や純米吟醸酒は10年で約20%増加しています。今、求められているお酒を、デザイン性も含めて提案すれば、手に取る人も少なくないと感じます。

ニーズをキャッチするため、常にアンテナを張っている麻里子さん。生き生きと酒造りを楽しむ麻里子さんたち若いスタッフが、きっと日本酒に新しい魅力を加えてくれると期待しています。

取材日:2023年4月11日
綿貫和美